8-64 真に、人か
「シン!」
「父さん。」
山の奥から、犬を従えた男が一人。こちらをジッと見つめて動かない。子が駆け寄り、ガバッと抱きついた。少し離れて、仔犬が尾を振っている。
子は送り届けた。コイツらを引き渡して、サッサと帰ろう。何を話しているのか、さっぱり分からん。が、待った方が良さそうだ。
「倅を助けてくださり、ありがとうございます。私はツク。中主の、里長です。」
「早稲のカツだ。長、キツク叱ってくれ。コイツら犬を的に、矢を射てたんだ。森で。」
悪たれの手を縛り、繋いだ縄を手渡した。スゥっと、長の顔から血の気が引く。
「何て恐ろしいコトを! 真に人か。」
雷が落ちた。震えあがる、悪たれズ。
「もう、しません。」
悪たれタギ。
「ごめんなさい。」
悪たれコガ。
「・・・・・・許してください。」
悪たれスミ。
口では何とでも言える。コイツら、チロにも同じコトを。
ヒトと同じだ。ニコニコしながら骸の上を、ピョンピョン跳ねて喜んでいた。あの時の目だ。
オレも死んだタツも、ひどく歪んでいる。けど、あの兄弟には負けるよ。
マズイな。急いで叩き直さねぇと、知られて滅ぶぞ。中主は隠れ里。ドコに在るのか分からんが、そのうち。
ヨシ、引こう。帰ろう。この犬、貰おう。良い狩り犬になる。
「シン。里を出る前に、長と良く話し合え。チロの親なんだから。」
「はい。ありがとうございます。」
ニコッ。
「キャン。」 アリガトウゴザイマス。
シンの足元でチロ、尾をフリフリ。
「長。この犬、貰ってイイかい。」
「はい、どうぞ。」
酷い事をされた。とはいえ、子に牙をむく犬は飼えない。襲ってからでは遅い。殺せないし、里では飼えない。貰ってくれるなら喜んで。
「カツさん。いろいろ、ありがとうございました。」
そう言って、ツクが頭を下げる。
「オウ、じゃぁな。」
早稲の犬は戦に強い。たった一匹で、十人ほど死なせる。だから真っ先に狙われる。戦場から生きて戻る犬は少なく、育てても育てても増えない。
困るんだ、狩りに連れて行きたいのに。だから要る。ヨソから貰おうと思っていたし、すんなり譲ってもらえて良かった。
「クゥン?」 ドウシタノ?
助けてくれた、救ってくれた。とっても良い人に貰われて、幸せイッパイ。傷を洗って、薬を塗ってくれた。そんなコトされたの、生まれて初めて。
死ぬまで尽くします! キュルルン。
「行こうか。」
「ワン。」 ハイ。