8-60 言葉の力
良村の人は、みんな良い人。マルが健やかになった、幸せに暮らしている。だから怖くない。
「タエ、歩けるかい?」
「はい。」
「そうか、良かった。転ぶと危ないから、マルコを下ろそうね。」
「はい。」
ゆっくりマルコを下ろし、ニコリ。
タエの作られた笑顔を見て、シンは昔を思い出す。母を守るため、心を殺していた頃を。
「キャン。」 カエロウ。
マルが待ってる。だから、ねぇ。早く!
「行こうか。」
アオの後ろにタエ、その横にマルコ。シンが舟を頭に乗せ、見守りながら歩く。
「タァエェ。」
村外れから、マルが手を振っている。
「マル!」
タエの顔が、パッと明るくなった。
マルも行きたかったが、大蛇に止められた。『祝辺の動きがアヤシイ』なんて言われれば、怖くて出られない。
タエは先読の力に引っ張られ、心がグラグラしている。早く抱きしめて、守りたい。でも行けない。だからマルコに頼んだ。『私の代わりに、癒してあげて』と。
「会いたかった。」
マルに抱きしめられ、心からモヤモヤが消える。
「うん。」
タエの背を優しくポンポンしながら、相槌を打つ。
「こわかったよぉぉ。」
恐ろしい末を見たら、一人で耐えるしかない。タエが生まれ持った先読の力は強く、大きい。だから、ずっと先まで読める。
タエは壊れかけていた。これまで見た中で、最も酷かったから。
見ていられない事を、真っ直ぐ見る。逃げずに択んで選んで、択んで選んで確かめる。その繰り返し。
「コノ。その、タエは。」
「眠ったわ。ねぇ、シン。」
「ん?」
「あの子、何を見たのかしら。」
茅野に引き取られた、先読の力を持つ幼子。その力で、この地は守られた。『もしタエの力が無ければ、酷い事になっていただろう』って、シゲが。
「口にするのも恐ろしい、そんな事だろう。」
ずっとマルコを抱きしめて、ガタガタ震えていたから。
「戦、始まるの?」
早稲を出られたのに。新しい村、作ったのに。夢、叶ったのに。
「戦好きは裁かれ、死んだ。大きいのは起きない。おっ始まっても、この山は強い。守れるさ。」
「シンの言う通り。だから泣くな、コノ。」
「兄さん!」
出先から戻ったコタに、ギュッと抱きつく。
「ただいま、コノ。」
妹の頭を撫でながら、コタが優しく微笑む。
ふと思い出す。『見聞きする全てが力になる。幸せを運ぶのが、商いだ』そう嬉しそうに話す、母の姿を。
実父が残した言の葉は、シンを支えた。大きな手で、優しく撫でられている。そんな気がして。