8-57 あれれ?
南の動きがアヤシイ。
耶万は落ち着いたが、耶万に滅ぼされた国の多くが、まだ荒れている。高平の狩頭が言っていた。『纏わりつくような、イヤな感じがする』と。
兎和野でも聞いた。耶万に仕掛けて負けた国、その多くが危ないと。
今は万十と氛冶から大臣が来て、耶万を支えている。居なくなれば、喜んで仕掛けるだろう。
「なぁシゲ。早稲の動き、どう思う。」
「懲りたんだろう、引いた。霧雲山の統べる地には攻めない、仕掛けない。南で生きると。」
釜戸山から、ヌエとカツが戻った。それまで早稲を纏めていたのは、長のヒト。カツの妻セイ。外との付き合いはヒト、内を仕切ったのはセイ。
クセの強い二人は手を組み、玉置と三鶴に荒らされた早稲を守った。
立て直しに要るのは、許しと食べ物。風見を巻き込み、北の地から引く事で、乱雲山からの許しを。戦を仕掛けず田畑を耕し、植え育てる事で、食べ物を得た。
カツは、あたたかく迎えられた。ヌエは違う。早稲の皆から『カツを唆した、悪者だ』と思われていた。それを変えたのがセイ。
あの長の娘で、大人になって直ぐ、早稲で生きる事を選んだ。そのセイが言ったのだ。『釜戸に裁かれ罰を受け、罪を償い戻った』と。『カツと共に、生まれ変わった。私は信じる』と。
「早稲と風見が引いても、耶万は。」
「中から崩れる。それでも小さく。いや、そうか。」
シンが考え込む。
耶万が荒れても海まで行ける。暴れ川が通れなくても、遠回りだが鳥の川や、白渦川からも。
南へは行けるが、何が起こるか分からない。センは銛、ノリは毒針使い。イザとなれば戦えるが、子を守りながら戦うのは、幾ら何でも難しい。
「犬、増やすか。」
「良いと思う。」
「タエ。お願いだから、食べておくれ。」
ブツブツブツ、ブツブツ、ブツブツブツ。
「シノ、今は待とう。」
「はい。」
茅野の禰宜が狩頭の妻、シノを連れ出した。
タエは今、守るために戦っている。恐ろしい末を変えるため、択んで選んで確かめて。血を吐く思いで、戦っているのだ。
眉間に寄せられた皺、パチパチ動く目、荒い息遣い。頭をブンブン振りながら、拳で叩く事もある。こんなに小さい子を、ここまで。
「ネネさま。タエは、あの子は。」
「迎えが来ます。それまで、見守りましょう。」
少し前、平良の烏が飛んで来た。『タエに話がある』と。『今は寝込んでいるので、会わせられない』と追い返したが、また来るだろう。
祝辺には渡さない。落ち着くまで茅野で預かり、良村を経て野呂へ。そう決まっている。
やっとポツポツ話せるようになったのに、祝辺へ? とんでもない!
「こんにちは、ネネさま。タエを迎えに来ました。」
「こんにちは、シンさん。どうぞ、こちらへ。」
「キャ、キャン。」 ボクモ、イイデスカ。
タエがバッと立ち上がり、駆け出した。マルコを抱き上げ、ギュッ。それから、キョロキョロ。
「マルなら村だよ。さぁ、行こうか。」
マルコを抱いたまま、コクンと頷いた。