8-55 それでも王か
「卑奴婢の巫を呼べ。」
「ハッ。」
何がバケモノだ、殺されるだ。殺し、奪い合うのが戦。刈り入れも済んだし、追い風だ。スイスイ進んで、サクッとイタダク。
耶万を落として根こそぎ奪い、戻れば冬が越せる。春になったら儺を攻め落とし、何れ大王となるのだ。
耶万の夢を使えば、この手に。クックックッ。
「卑呼の、巫に取り次げ!」
臣の一人が、ボロ屋の前で叫ぶ。
「はい。暫く、お待ちください。」
卑呼姉弟は、奴婢から生まれた。母は同じだが、父は分からない。珍しくも無い、それが奴婢。
卑呼女は育つのが早く、八つで穢された。他の子は、早くて十。二つ下の弟、卑呼男は戦った。
姉を助けようと立ち向かった。しかし投げられ、殴られ蹴られ、死にかけた。
卑呼男は姉を守るため、狩りを覚えた。
山に入る許しを得てから、毒に手を出す。何を、どれくらい与えれば、どのように死ぬのか。姉を救うには力が要る。狩りだけじゃ足りない、毒で補うんだ。
姉弟に名は無い。奴婢が産んだ、奴婢の子だ。女は卑呼女、男は卑呼男。皆、同じ。卑しく、呼ばれれば喜んで来る奴。それが卑呼。
子が生まれても、三つまでに死ぬ。生き残っても、五つまでに死ぬ。また残っても、七つまでに死ぬ。ほとんど育たない。だから皆、名無し。
骸は犬の餌になり、残りは貝殻や獣の骨を捨てる穴に、ポイ。
「お待たせしました。」
「来い。」
卑呼女は九つの時、卑呼男を連れて逃げた。聞いたのだ。弟が八つになったら、戦場で穢すと。
七つと九つの幼子が、飢え痩せ細った幼子が、死に物狂いで逃げた。逃げて逃げて逃げて、放たれた犬に見つかり、捕まった。
姉は諦めなかった。大の男に体当たりし、弟を取り返す。直ぐに手を引き、逃げた。しかし連れ戻される。足の骨をバキッと折られ、もう逃げられない。
卑呼女は、一人では歩けない。だから卑呼男が肩を貸す。横抱きにして歩けるが、出来ない。奴婢だから。足が悪くても、死にそうでも決して、許されない。
「遅い!」
側女を侍らせ、琅邪王。
「申し訳ありません。」
姉が謝罪し、弟と共に平伏す。
何も言わず、睨みつける儺升粒。
心の中で毒づく。『足の悪い女を呼びつけておいて、歩かせておいて、何だ! それでも王か。殺す、殺す、殺す。兄さんの敵、必ず討つ。民のために死ね、琅邪王』と。
卑呼姉弟も似たようなモノ。奴婢なので、身を低くしたまま動けない。いつもの事だ。しかし、その心は。
『姉さんには、雲の流れが分かる。その力に頼りきっているクセに、偉そうに。あぁぁ! 殺したい。でも、まだだ。コイツは朝まで生かしておく。それまでは楽しめ』と毒づき、牙を研ぐ。
『空の事、知りたいんでしょ? 海、渡りたいんでしょ? 少しくらい待ちなさいよ。聞きたいなら来れば良いのに。呼びつけておいて、何その言い方。まぁ良いわ、許してあげる』と毒づき、牙を剥く。
「空と海について、申し上げます。夜明けから昼まで、風が海を押さえ、静まります。」
「それは良い! 兵を集めよ。」