8-54 敵討ちは計画的に
「琅邪王、お考え直しください。」
「えぇい、煩い。耶万を落とすなら今だ。」
「父上!」
「王と呼べ!」
響灘を望む地に、琅邪の国が在る。父は戦好きで、儺国では負け知らず。
気が緩んでいたのだろう。仕掛けた耶万に攻められ、あっさり負けた。あれから幾度、仕掛けたか。
中の東国まで舟で攻め入り、戻るのは一人。
『バケモノがいる』だの『仕掛ければ殺される』だの『伝えるために戻された』だの、ブツブツと繰り返し、怯え死ぬ。
もう諦めてくれ、頼む。心の中で叫んでも、届くワケがナイ。分かっているのに言えない。上の兄と話し合い、何としても止めようと決めた。
「耶万に仕掛けても勝てません。戦より国を、民の幸せを考えてください。」
「黙れ、儺升粒。」
「黙りません。グハッ。」
父王に腹を蹴られ、蹲る。
「耶万に送る兵など、琅邪には居りません。琅邪王、ご覧ください。琅邪の地を、民の暮らしを。」
「ええい、黙れ黙れ。退け!」
「退きません。ヴッ。」
ボタッ、ボタボタボタ。
臣として、倅として怯まず、諫めた。その末がコレですか。父に刺し殺されるとは、思いませんでした。
腹を貫いた剣を引き抜き、シュッと一振り。眉一つ動かさず、鼻で笑って見下して。弾みでも手違いでも無く、殺す気で刺したんだ。・・・・・・倅を。
ごめん、情けない兄で。おまえ一人残して死ぬのは、とても辛い。あぁ神様、お願いです。弟を、儺升粒をお守りください。どうか、どうかお願いします。
「兄上ぇぇ!」
嘘だウソだ、悪い夢だ。あぁ兄上、お願いです。目を開けて!
血が止まらない。誰か、誰か助けて。兄は良い人です。民を導き、守り、慈しめる。そういう人なんです。だから、だから、お助けください。神様!
「ゆる、さ、ない。こ、ろす。琅邪王、殺す。」
「いけません、儺升粒さま。」
「卑呼男、さま?」
「敵を討っても、死んだ人は戻りません。」
「その通りです。」
「卑呼女さま。」
「儺升粒さま。琅邪を良い国にと、仰いましたね。」
そうだ。兄と話し合った、この国の末を。皆が笑って暮らせる国にしよう。そう、決めたじゃないか。二人で力を合わせて、守ろうって・・・・・・。
「わぁぁぁぁぁ。」
儺升粒さま。あなたが殺さなくても、殺せますよ。王を煽てて、耶万で戦う気を起こさせる。ただ、それだけ。
そうそう、躍らせるなら皆の前で。そうすれば引けません。
戦好きは要りません。皆の暮らしと幸せを守るため、力を合わせましょう。この頃ずっと、海が荒れています。けれど夜明けから昼まで、静まります。
『少しでも早く、耶万へ送りたい』そう願う王は、私を呼ぶでしょう。その時です。励まし、言の葉を添えて助け、踏み出させる。そうすれば必ず。
卑呼姉弟の言葉が、儺升粒の心に深く、深く刺さった。