7-113 しっかり生きよう
「その、何だ。驚いたよ。マルが泣きそうな顔して、駆けて来てさ。」
センが慌てて、切り出した。
「そうそう。バッと抱きついて、『痛くない? 苦しくない?』って。」
シンも大慌て。
双、楢守、嵓。三つの里が、結んだと知った。その後、聞いたのだ。大貝山の、統べる地が堕ちたと。
神の御坐す地は清らだが、御隠れ遊ばした地を通れば、闇に染まると。
マルは恐ろしくなった。怖かった。闇に飲まれたら、変わってしまう。冷たい目をして、酷い事する。そんなの嫌!
良村の人みんな、とっても良い人よ。優しくて賢くて、あったかい。変わってほしくない。ずっと、ずっと、変わらないで。
「怖かったのよ。闇に飲まれて、変わるのが。」
ポツリと、コノ。
「えっと、誰が?」
「私たちよ、兄さん。」
マルは北山で、酷い扱いを受けて育った。親に捨てられ、虐げられ。そんなマルを慈しみ、育ててくれたのは、同じ囚われ人。
その人も死んだ。
閉じ込められて出られない。外に何が有るのか、知らない分からない。どうにか逃げ出して、初めて会った他所の人がノリ。
舟に乗っけられて、とても楽しかった。このまま離れて、他所で暮らす。そう思ったのに、戻された。
辛くて苦しくて、死にたくなった。
外から来る人は、言えないような事する人ばかり。幼子でも解る。男を受け入れられるまで育てば、己も穢される。知らない男に、弄ばれる。
孕めば逃げられない。好きでもない男の子を、命懸けで産む。産んだ子に力が無ければ、嬲られる。
子を産んで、力が出ない。使い果たしてボロボロ。それで死んだ人も、居たでしょう。
『役立たず』と罵られ、残った骸は足を持って、引き摺り出される。目も口も開いたまま、両の腕が横に伸びるか、頭を挟む。
外に近づけば、はっきり見える。恨めしそうな目、いろんな痣。古い傷、新しい傷。流れて固まった血、擦れた血。
「マルは覚えている。忘れられない。みんなも、そうでしょう?」
コノに問われ、思った。その通りだと。
「マルは確かに、怯えていた。」
「オロチ様。」
「何だ、シゲ。」
「笑っていましたがマルは、その・・・・・・。」
「気に病むな。闇に飲まれていたら、清める気だった。それだけだ。」
マルには清めと守り、二つの強い力が有る。それに良山には、大実神が御坐す。良村には、オロチ様が御坐す。
もし闇に飲まれても、良山に入れば清められる。守られている。
良村の子は皆、親から預かった宝。気を引き締めて、しっかり生きよう。子を悲しませたり、怯えさせてはイケナイ。
「南へ行く時は、誰かと行こう。犬も連れて。」
シゲがハッキリ、言い切った。