7-107 ノンビリして居られない
人の思いから、御生まれ遊ばす。求められなくなれば、御隠れ遊ばす。それが神。
その昔。春の来ない年から、大実山は変わった。凍えるほど、冷えるようになった。このままでは飢え死ぬ。皆で話し合い、村を捨てた。
大実神は山神、山から離れられない。祀る人がいなくなり、仰った。使わしめを集められ、『放つ』と。
しかし一妖、オミだけは残った。『御隠れになる、その時まで。何があっても、御側を離れません』と。
山から人が消えた。しかし、戻る事も。大実山で生まれ育った人が、山の幸を得るために。
神はお守りくださる。
人がいなくても、大実山をお守りくださった。春も夏も、秋も冬も。獣が飢えないように、山の幸を。人が採っても困らないくらい、タップリと。
小さく御成り遊ばしたが、御坐す。御隠れ遊ばす前に、良村が出来た。祝も、祝の力を持つ者も居らず、ガッカリ為さる。
良村の人は、神を信じなかった。早稲で酷い扱いを受け続け、心が擦り切れてしまった。
しかし、考えを改めた。良山で暮らすようになって、変わった。
そんな良村に引き取られたのが、マル。清めと守り、二つの力を持つ幼子。祝女の孫。はじまりの隠神、蛇神の愛し子。
夕の山歩きの時、大実社を清める。飼い犬マルコも、心の中で手を合わせる。
良村で見えるのは、マルだけ。
けれど社を壊そうなんて、誰も思わない。前を通る時は、ちゃんと手を合わせる。お供え? ありますよ、タマに。
ノリは大の犬好き。祝の力は無いが、犬と犲は見える。隠でも妖怪でも、犬なら見える。他は見えない。つまり使わしめ、オミの姿は見えた。
つまり、だ。見えない大実神より、見える大蛇神を崇める。ただ、それダケ。
神は御坐す、お守りくださる。ちゃんと解っています。見守ってくださると。愛し子とは何か、というコトも。
大実神、復活!
大実山から、良山に変わったケド。山神より、蛇神を崇めるケド。気にしたら負けだと思う。なんて御考え遊ばす、実りの神。
何はともあれ、間に合った。御隠れ遊ばす前に、祀られた。放たれた者、残った者も居る。それが良山。
良山には二柱。大実神と、大蛇神が御坐す。保ち隠ヘグは元、大実神の使わしめ。
「ヘグさまから、オミさま。」
流山の保ち隠、豊。キランッ。
「オミさまから、マルさま。」
隠の世。流山に暮らす、悪鬼。キラランッ。
「マルさまから、はじまりの隠神へ。」
同じく、嫌呂。キラキランッ。
豊は急ぎ、良山へ。
先触れ無く、押し掛けるのは良く無い。良くは無いが、ノンビリして居られない。人の世で闇が溢れれば、隠の世へ流れ込む。このままでは危ない。
流山で暮らす、多くの隠や妖怪のため。何としても、守らなければ。
長瀬山が流れた時、人の世から切り離された。隠の世からしか、出入り出来ない。
もし闇が流れ込めば、上へ行けない。遠回りしなければ、逃げられない。
やまと隠の世を統べるのは、はじまりの隠神。イザとなれば、人の世を切り捨て為さる。今がその時。
流山を守る事が、隠の世を守る事に繋がる。
念のため閉ざしてあるが、闇にはカタチが無い。どんなに小さな隙間からでも、スッと入り込む。
耶万の闇は深く、濃い。清らな地など、一溜りも無い。