3-14 葬送
見送ると、まっすぐ家に戻った。
「シゲ、シゲ。」
声をかけても、ゆすっても起きない。とても穏やかな顔をして、眠っている。
「このまま、寝かせておこう。きっと夢を見ているんだ。とても、とても良い夢を。」
セツたちがいる家は、白く小さな花で飾られていた。空は晴れ、やわらかい光が降り注いでいる。これから葬ると、言ったわけではない。それでも一人、また一人、夢見草を手に、来てくれる。
セツは、優しい娘だった。おなかをすかせた子に、そっと団子を差し出し、頭を撫でた。さみしくて泣く子に、そっと声をかけ、抱きしめた。熱に魘される子には、親が戻るまで、そばにいた。セツは何も悪くない。それなのに苦しんで、苦しんで、苦しみつづけて、死んだ。
「送ろう。」
そう言うと、持ってきた手火に火を点じ、ノリが家に入った。中からバチバチと聞こえはじめ、出て来た。頬には、涙のあとが。
「ありがとう。」
誰かが呟く。すると、セツの家が炎に包まれた。夢見草が、雪のようにフワリと舞い、空へ。
「兄い、兄い。」
ああ、みんな。待っておくれ。
「シゲ、ありがとう。」
ああ、父さん、母さん。待って!
「兄い、シゲ兄い。」
セツ。お願いだ、一人にしないで!オレも連れて行っておくれ。
「生きて、兄い。みんなの分まで。」
そんな。オレは、セツがいたから、生きられたんだ。一人じゃ、生きていられない。
「生きて、シゲ。私たちの分まで。」
そんな。父さん、母さん。守れなくて、ごめんなさい。許して! 置いていかないで!
「こっちに来るの、早いよ。シゲ伯父さん。」
ああ、おまえたち。伯父さんと、呼んでくれるのかい?
「ねえ、生きてよ。」
伯父さんは、弱いんだ。一人じゃ、生きられない。
「一人じゃないわ。ノリさんたちが、いるじゃない。」
そうだね。でも、セツがいない。
「見守ってる。みんなで、ずっと、見守ってるわ。」
体が重い。クラクラする。オレは、生きているのか? そうか、残されたのか。
どれくらい眠っていたんだろう。
「シゲ、粥をつくったよ。食べられそうかい。」
ああ、ノリ。世話をかけるね。
「鳥の卵を入れたんだ。おいしいよ。」
ああ、カズ。わざわざ取りにいって、くれたのか。
「シゲ、よかった。よかった。」
ああ、コタ。そんなに泣かないで。
「ありがとう。」
みんな、みんな、ありがとう。そうだ、そうだな、セツ。オレは一人じゃない。一人じゃない。
枕元に白いものが置いてあった。それは社で使われる、白い布に包まれていた。
「これは。」
「髪だよ。長いのがセツ、短いのが、子らのさ。」
ノリは嵐の後、花を手向けに、セツの家へ行った。その時、髪をひと房づつ、傷つけないように、そっと切って、布で包んでいた。
「シゲが目を覚ますまで、待とうかとも思った。けど、痛みが早くてね。ごめん。」
そうか、そうだったんだ。
「みんなで送ったよ。残った骨は器に入れて。ほら、ここにある。」
そうか、骨まで拾ってくれたのか。
「ありがとう、ありがとう、ほんとうに、ほんとうに、ありがとう。」
早稲編でした。
釜戸社編へ続きます。お楽しみに。




