3-13 流した涙の先に
早稲へ向かう、舟の中で聞いた。逃げ込んできた人たちは、早稲の村人から虐げられ、村の外れで暮らしていると。そして、親は子を残して死んでしまうと。あの話は嘘ではないようだ。
ここには、早稲の村にはいた、年老いた人がいない。親を亡くした子が、生きるためにすること。きっと考えたくもない、そんなことだろう。そんなことを幼子に、生きるためだと強いたのか。
釜戸山にも、親のいない子がいる。いるが、まわりが助ける。しかし、早稲では助けない。生きるために、村の人が嫌がることを強いる。
涙は流れつづけ、心が歪み、壊れはじめる。なんということだ。子を守る大人が、子を追い詰め、いいように操るなんて。
ノリたちに持て成され、その優しさと思いやりに心を動かした。と、同時に恐ろしくなった。流した涙の先に、どれだけ深い闇が広がっているのだろう。
「おはようございます。水をお持ちしました。お使い下さい。」
気持ちの良い朝だ。遅くまで話し込んでしまったが、ぐっすりと眠れた。いろいろなことが起こり、他のことを考えるゆとりがなくなっていた。それなのに、なぜだろう。とても晴れやかな心持ちがする。
「ありがとう。」
そう言うと、水を持ってきてくれた男の子が笑ってくれた。まだ幼い。ここにいるということは、この子も早稲の村から、ひどく虐げられているのか。
朝餉を食べ、支度を整えたころ、ノリ、カズ、コタの三人が来て、言った。
「罪人を舟まで運びます。念のため、縛ったまま転がして、手足を丸太に繋ぎましょう。」
そこまでするのか? とも思ったが、三人とも、大きな体をしている。縛っただけだと、逃げようとするだろう。水に落ちたら、舟がひっくり返って、流されかねない。
「お願いしよう。それと、一人でもいい。ともに舟に乗って、釜戸山に来てくれないだろうか。」
ノリがまっすぐ見つめて言った。
「シゲの妹と、その子らが死にました。みんなで弔おうと思います。葬ってからになりますが、釜戸山に参ります。」
妹さん、そうか。それで寝込んでしまったのか。気の毒に。そういうことなら。
「知らなかったとはいえ、すまなかった。」
「花を手向けたいのだが。」
「ありがとうございます。セツは、あの花が好きでした。」
そう言って指したところに、白く小さい花があった。ああ、美しい。花の名は知らないが、輝いて見える。
「美しい花ですね。」
「はい。誰も名を知らないので、夢見草と呼んでいます。」
「確かに、夢を見ているような気持ちになりますね。」
「そうですか。長もそう、思われますか。」
カズが遠くを見るような目で言った。この花にそう名付けたのは、カズの母さんだ。
やさしい母さんだった。父さんのことが大好きで、早稲の男たちに迫られても怯まず、操を守った。蹴られても、打たれても、カズを守って、抱きしめて、指一本ふれさせなかった。
「母が名付けたんです。」
涙が頬を伝った。
皆で花を摘み、セツたちがいる家に花を挿した。中には入れてもらえなかった。死んでから時が経っているのだろう。
「ありがとうございます。セツたちも、喜んでいます。」
そう言って空を見上げた。気のせいだろうか。夢見草を持った娘と、幼子たちが笑っているように見えた。
「さあ、戻りましょう。」
家に戻ると、二匹の犬が牙をむき、呻っていた。逃げようとしたらしい。ノリがイイコ、イイコと犬を撫でると、嘘のようにおとなしくなった。
手際よく犬に縄を背負わせると、ノリ、カズ、コタが罪人を一人づつ担いだ。何も言わなくても、後ろを犬がついて行く。村に入ると、丸太をヨタヨタ運ぶ、社の司が見えた。
「お気をつけて。」
「ありがとう。」
子らが手を振り、犬を従えた若人たちが笑って見送ってくれた。




