7-85 雲井の裁き
カタが聞こえる心の声は、近くに限られる。目の前に居なくても聞こえるが、離れると聞こえない。
大石の奴婢から聞こえるのは、耶万への恨み辛み。耶万が何を企み、どう動くのか。こちらの知りたい事は、何も知らない。
他の奴婢も同じ。何も知らない。そして、同じ事を考えている。
南へ戻っても、奴婢のまま。何も変わらない。奴婢は死ぬまで奴婢。ここでも同じだ、と。
心が壊れた娘たちは、どうにも。
何を言っているのか分からない。唯唯、死を希う。
女の子は怯え、助けを求め続ける。誰を求めているのか、何を求めているのか、全く分からない。
男の子は、諦めている。『殺してくれないかなぁ』『死なせてくれないかなぁ』と。それが願いなのだ。
社へ戻り、ハナを狙った男に聞こう。他よりは、話せる筈だ。
「オレは終われない。早く餌を奪って、耶万を釣らなきゃ。殺すんだ!滅ぼすために。」
・・・・・・愚かだ。
「なに見てやがる。サッサと放せ、殺してやる!」
・・・・・・なぜ?
「アァァァァァ。しくじった。何だアイツ、強すぎる。北の狩り人ってのは、皆アアか?」
知らないのか? 早稲の生き残りだと。
「アノ長、まだ使えたのに。次のを狙うか。どぉせロクで無し。似たようなノが、なるんだ。」
・・・・・・いいや。マシなのを就ける。
「カタ。」
「耶万は、来るのか?」
「社で話そう。」
蔦山での戦。仕掛けたのは、風見と早稲。負けを認め、戦は終わった。それから始まった、話し合いという名の裁き。
釜戸山では無く、乱雲山で開かれた。言伝の岩で、妖怪たちに囲まれて。
祝は雲井社から、心の声で。社の司は、山裾で見張り。隠の世から出た禰宜が、裁きを取り仕切る。
雲井の禰宜は闇を纏い、見えない全てを歪める。そんな力を生まれ持つ。だから、隠の世から出ない。出るのは、他の地との裁きだけ。
凄かったらしい。先ずグラグラ揺れて、ブワッと広がった闇の中から、禰宜が出て言った。『殺されたくなければ、従え』と。
それからツラツラ、犯した罪が挙げられる。禰宜は隠から、全てを聞いた。妖怪からも聞いた。禰宜は闇を使えるから、隠の妖怪も偽れない。
人が偽れば、直ぐ判る。祝には心の声が、禰宜には闇の力が。カンの良い妖怪たちも、付いている。一つ偽る度、体が沈む。ズッズッと、沈んでゆく。
風見と早稲は誓った。この地から引くと。決して攻めない、仕掛けないと。
破れば死ぬ。村でも国でも、滅ぼされる。祝の一声で決まる。隠や妖怪が動く。目に余るようなら、禰宜が闇を。
生き物は死ねば、隠になる。どこにでも、いる。隠の目が光っている。守りたい人を、見守っている。隠が訴えを起こせば、雲井社が動く。つまり、次は無い。
蔦山の戦に、耶万は加わってイナカッタ。
頼まれて、兵を送っただけ。攻めるよう唆したが、それだけ。どことか、どの辺りとか、示さなかった。
耶万は知らない。風見と早稲が引いた事は、知っている。しかし、なぜ引いたのか。何を恐れているのか、何も知らない。