7-83 叶うなら
「こんなの生かすために、イチは死んだのか。」
シゲが呟く。
春になったら、狩りを教えるハズだった。
あの長が仕掛けなければ、戦は起きなかった。飯田は誘われ、断わらず加わった。
倉が燃えて、食べ物が減った。減ったが越せるだけ、残っていた。なのに、戦を仕掛けた。
飯田の長は嫌いだ。倅も気に入らない。
早稲の生き残りだの、死に損ないだの、イロイロ言われたよ。けど村の人は、笑いかけてくれた。話しかけてくれた。
初めての冬を越すために、多く蓄えていた。家を建てるのに、村を作るのに、木を切って切って。食べ物も薪も、倉いっぱい。
だから助けたよ。付き合いのある里や、村を。
出来る限りの事は、した。頼られれば断れない。困った時は、お互い様。オレたちは、そうして生き残った。
なぜ仕掛けた、なぜ攻めた。十二は大人だ。大人だが、そんな若者。戦に出すか?
「なぁ、ボク。何を思うだろうな。イチが生きていれば、何て言うだろう。」
「はぁ?」
「弟だよ、オマエの。」
「あんな出来損ない、知るか。」
ペッと血を吐き、鼻で笑った。
何が、狩り人になるだ。
長の子に生まれたのに、狩り人なんぞに憧れて。獣を追い回して、何が楽しい。アイツは小さくて、直ぐ熱を出した。弱くて育たない、そう言われていた。
そんなの、戦場へ送るしか無いだろう。他に使い道が無い。
いいじゃないか、狩りに出たんだ。狩るのは人だがな。それで死んだ。思い残す事なんて、これっポッチもないさ。アイツは、そういうヤツだ。
「言い残す事は、無いか。」
「誰だ。」
「霧雲山、祝辺の守。隠だ。」
「はぁあ?」
「霧雲山の統べる地では、認められない。人を買うのも売るのも、許されない。逃げ込んだなら、受け入れる。しかし連れ込んだなら、裁く。」
「ハッ、隠に何が出来る。」
ブワブワッと、黒い靄がボクを包んだ。そのままグイッと、引き摺り込まれる。
飯田には、妖怪の墓場が無い。隠の世は在るが、無い。
そもそも、ボクは生きている。まだ死んでナイ。なのに、引き摺り込まれた。なぜか。
隠は、何をしても隠。闇に堕ちても、隠は隠。だから奪った。迷わず、奪った。
目の前で、飯田の国長が消えた。黒いモヤモヤに飲み込まれ、消えた。
・・・・・・居たんだ。祝辺の、隠の守。祝の力なんて無いのに、見えた。祝の力なんて無いのに、聞こえた。
隠だから見えた? 聞こえた? そうなら、死んだ人に会えるハズ。話せるハズ。なのに会えない。話せない。
「カタさま。死んだ人に、会えますか?」
「倅に会いたい。」
「父さんに、会いたいよ。」
「あの人に、会いたい・・・・・・。」
村の人に問われ、カタは答える。
「死んだ人には、会えない。会えないが隠になって、見守っている。見えないし、話せないがね。」
オレだって、同じさ。妻や娘に会いたい。叶うなら抱きしめて、共に暮らしたい。守りたい。