7-80 奴婢
「チェッ。」
少し離れて、こちらを窺っていた男が一人。舌打ちして、背を向けた。シゲは静かに、縄を取る。ススッと歩き、男の前へ。
「なぁ。アンタ、加津だろう。」
「はぁ?」
「ソレ、その飾り。貝だよな。」
シゲが、首飾りを指差す。
「だったら何だ。昔、森で拾ったんだ。」
「違うな。」
サッと縄で縛り、懐を探る。
「これも、拾ったのか?」
貝は違うが、同じ首飾り。
加津。南の地にある、耶万に滅ぼされた国。
子が生まれると直ぐ、父親が港へ走る。
初めに目についた貝を持ち帰り、嬰児の額に当て、心から願う。強く、大きく育つように。それから母親が、首飾りを作る。
加津の者は皆、貝で作った首飾りを、お守りとして身に着けている。
死ねば、骸と共に葬る。だから一人に、一つ。二つ持って歩く事は無い。そんな事をするのは、敵討ちを誓う時だけ。
「誰だ。誰を奪われた。なぜ、北に居る。」
シンとコノを除く、良村の大人は皆、知っている。耶万に滅ぼされた国。風見に滅ぼされた、村や国。その人たちが、どんなか。
「何の事だ。」
「誰の敵を討つのか、聞いている。」
コイツ、なぜ。
良村って、バケモノが言っていた。北の村だろう? 狩り人だ。犬を飼っていても、おかしくない。
耶万は違う。逃げられない。なら、風見か。いや違う。あの国からも、逃げられない。早稲は、有り得ない。
一度、逃げ込めば終わり。扱き使われ、戦場で死ぬ。逃げ出しても、直ぐに捕まる。強いからな、余所の人は。
「耶万に滅ぼされたのは、ずっと前。だから、親は違う。となれば妹、・・・・・・思い人か。」
クワッと目を剥いた。
「そうか、思い人か。」
「あぁ、そうだ。負けて奴婢になった。売られると思ったら、耶万にな。」
酷いモンさ。食い物も水も、少ししか貰えない。娘は穢され、子は。
壊れた娘のために、尽くすんだ。股を洗って、頭から水を掛ける。乾いた布で拭いて、休ませる。
食わねぇんだ。『死にたい』『殺して』ってな。それしか言わない。
口を開けさせて、匙で突っ込む。口を塞いで、上を向かせる。そうしなきゃ、飲み込まない。
子のウチは良かった。殴られたり、蹴られたけどな。娘に尽くして、生きられた。
十二になって、直ぐさ。言わなくても、解るだろう? ・・・・・・引き摺るように、連れてかれた。
食って掛かった。取られて堪るか! けど、取られたよ。
ボコボコに殴られて、蹴られて、動けなくなった。でさ、聞こえた。泣き叫ぶ声が。『やめて』『いやぁぁ』って。
朝まで続いたよ。取っ換え引っ換え、されたんだ。
オレは這って、外へ出た。助けようとした。
穢されたのは、知っている。あの声、違い無い。でも、それでも。あちこち痛くて、立てなかった。それでも・・・・・・。
朝が来る前に、辿り着いた。そしたらさ、ワラワラ出てきた。
ケラケラ笑いながら、『スッキリした』って。カラカラ笑いながら、『ナカナカ良かった』って。