7-67 動いたのは
確かに。
どこかで見つかれば、その近くに引っ越すだろう。そして迷わず、毒を使う。あの辺りで。
困る。そんな事になれば、子が。その子、孫が苦しむ。
「結ぶなら、忍びの結びに。一度、結べば解けない。後見に、緋が付こう。」
「謡も付く。」
緋と謡が見合い、頷いた。
「それは良い。我も立ち合おう。」
人の姿に化けた大蛇が、ニコリ。
人と人の誓いは破れても、神と神の誓いは破れない。嵓社が在る限り、嵓神が御坐す限り、決して破られない。破れない。
嵓。狩り人と、忍びの隠れ里。ずっと昔、好いた娘が長に。ギリギリで救い出し、手を取り逃げた。
北へ北へ逃げ、里や村を転転と渡り歩く。
行く先先で狙われ、逃げる。気付けば、深い山奥に。気付けば、同じような人が。そうして出来た、隠れ里。
人として生きる事を差し止められ、物として扱われる。それが忍び。
そんな生き方しか許されない者が、抜け、逃げた。行き倒れになったが、隠れ里の狩り人に救われる。
救った男は、忍びだった。
里人の多くが、恐れ震える。しかし長は、忍びを受け入れた。『人として生きるために、逃げ出した。オレたちと同じだ』と。
忍びは増えた。一人、また一人。
死ぬな、生きろ。そう言われ、救われた忍びたち。里を守るために、戦った。里を守るために、毒を使った。
森の中で、人が倒れていた。
パッと見て直ぐ、解った。髪が刈られ顔は腫れ、破けた衣からは、痣や傷が見えた。嬲られ、そして・・・・・・。
『死にたい』『殺して』と、娘が呟く。ガランとした目で、氷のように冷たい涙を流し、希う。妹を、思い出した。
美しく、優しい娘だった。
長に穢されてから、その取り巻きに。
妹は、忍びでは無い。兄が忍びだからと、何をしても許されると、酔った男たちの欲を、ぶつけられた。小さな体を捌け口として使われ、殺された。
妹は死んだが、この娘は生きている。まだ間に合う、救おう。忍びは娘を、里に連れ帰った。癒し休ませ、そっと見守った。
見える傷が癒え、歩けるようになった娘は、祝だった。
助けてくれた里人のため、岩に願いながら触れて周り、フワッと光った石を祀ったのが、嵓社の始まり。
「話だけ聞くと、良い里だがな。嵓は歪んでいる。」
緋が呟く。
「どんな歪みか。解るように、頼む。」
ノリが尋ねた。
嵓は女を崇め、守り抜く。女が暮らしやすい里は、良い里だ。女が笑っている里は、豊かな里だ。女の幸せは、里の幸せに繋がる。ここまでは良い。
守るのは、嵓の女だけ。他の女は見捨てる、切り捨てる。目が合っても、助けを求められても。嬲られていても、穢されそうでも、何もせず通り過ぎる。
夜更けに戻り、毒を試す。
効き目、広がり、その後を調べ、次に活かすんだ。幾ら使えば、どれだけ死ぬか。幾ら使えば、滅ぼせるか。里なら、村なら、国なら。
「嵓が動いたのは、知られたから。」
「だろうな。『流山の辺りに、嵓の里がある』 神成山の辺りじゃ、知られた話らしい。」
「長、それは確かか?」
謡に詰め寄られ、シゲが頷く。