3-10 抑えられない恐怖
「死んだってよ、あの女。」
「あの女って、どの女だよ。」
「ほら、ジンが気に入って。」
「あぁ、あれかぁ。」
ノリ、カズ、コタの三人が、斧を持って飛び出した。犬は言いつけを守り、タツを見張っている。
「ギャァ。な、何を、何をするんだ!逆らうのか、よそ者がぁ。」
「黙れ!詫びろ。あの女じゃない。セツだ。」
抑えられない怒りをぶつけるように、振り下ろす。同じ三人でも、ノリたちは戦い慣れている。
すべてを見ていた早稲の村長は悟った。セツが死んだ今、シゲたちを止められないと。
「お、おまえたち。な、にをっ、して、いる?止めないか。」
怖い、怖い、怖い。何だ?あの目は!獣みたいじゃないか。確か、あの三人は、そんなに強くなかったはず。いつも、後ろのほうにいて、そうだ、戦おうとしないで、前に出ようとしない、腰抜けだ。シゲから離れない腑抜けだ。どうにもならない、そう、そうだ。でも、あれは何だ?
血に飢えた犬のように。あの三人、人か?
「何をしている!よそ者。下がれ、平伏せ!オレを誰だと思っている。」
噴き出した怒り、三人分。それを抑えられる、ただ一人の者は今、眠っている。早稲の男どもが見下す「早稲の他所の」人たち。その結びつきは恐ろしく強い。
「は、離れ、ろっ。」
オレは、早稲の村の長だ。よそ者なんて、蹴散らせる。そう思っていた。しかし、違った。
「父さん、なんて情けない顔してるんだ。コイツら、代わりがいくらでもいる、よそ者だよ。」
ノリの目が光った。危ない。コイツは犬にしか。そう、人より犬!そもそも、早稲の村人を人だと思っていない。だから、ためらわない。
「ギャッ。」
短い悲鳴だった。動かなくなった父親を見て、ジンはやっと受け入れることができた。
「こっ殺さないっで、くれっ。く、下さい。」
動かなくなった。
女たちが泣き叫ぶ。悪いことだと思わなかった。それが当たり前だったから。
早稲の村は豊かな村。川下にある、豊かな村。よそ者に厳しい、ひどい村?ひどいって、何が。
オレはいつか、早稲の長になる。村人のために儲ける。そのためなら、何をしたっていいはずだ。嫌なら逃げろよ。オレは悪くない!
「あの人たちは人なの。お前と同じ、人なのよ。」
母が言った。でも構わず、虐げた。悪いことだとは思わない。助けてやっただろう。オレは村の長。何をしても許される。当たり前じゃないか。
早稲の村は豊かな村。川下にある、豊かな村。よそ者に厳しい、ひどい村?ひどいって、何が?頼みもしないのに逃げ込んできて、何を言っている。嫌なら出て行け。オレは悪くない!
日が暮れる、ずっと前。ついに来た。
「早稲の、村長に会いたい。」
茅野の狩り人、ヨシが言う。出迎えた社の司は思わず、後退った。ああ、長だけじゃない、ジンもいない。朝方、何かがあったようだが。
「早稲の村長に会いたいんだが。」
睨まれただけで、射殺されるんじゃないか、そう思わせる、恐ろしい目をしている。震えが止まらない。
「あっ、会わせっ、らっ、られっまっ、せんっ。」
ヨシがズンッと迫った。あまりも恐ろしさに、膝が笑う。構わず見据えられ、腰を抜かす。
「逃げられたんじゃないか。」
「長。村のはずれに、助けを求めて来た人たちが、まとまって暮らしていると聞きました。」
「いつまでそうしている。この村は、他の村人を持て成すことも出来ぬのか?聞いて、思っていたより、ずっと、ひどいな。」
社の司は戦慄くと、気を失って倒れてしまった。




