7-60 このまま帰れません
「あっ、あの。」
「分るよ。でも話そう、なぜ断るかを。」
獣谷の隠れ里は、他の隠れ里とは違う。人を救い、助けるために作られた。『生きるため』というより、『生かすため』の隠れ里。
戦、戦で、多くの命が奪われる。家も食べ物も失って、着の身着のまま。助けを求めて逃げ込んだ村が、受け入れてくれるとは限らない。
中には一度だけ匿って、強いる。匿うフリをして、奪う。匿う代わりに、言えないような事を。そんな里や村、国がな。幾らでも。
戦で無くても、追われる。諍いに巻き込まれて、争いに巻き込まれて。何も悪い事して無いのに、攫われて。何も悪く無いのに、虐げられて。
そんな人を、誰にも気付かれず、助ける。誰にも知られずに、救う。そのために作られたのが、獣谷の隠れ里だ。
良村は、表。獣谷の隠れ里は、裏。
隠したいから、隠れ里。裏に隠して、助けている。裏に隠して、守っている。一人でも多くの幸せ、一つでも多くの命を。
獣谷の里も良村も、早稲の生き残りが作った。釜戸の祝に許され、作ったのが良村。他の里や村、国とも繋がっている。
余所者だからな、オレたち。
受け入れてもらえるように、認めてもらえるように、努めている。生き残るため? 違う。子を守るため。子の幸せを、守るため。
良村の子らは、親無しだ。
子を守るために、死んだ。死ぬしか無かった親に代わって、育てている。
オレたちは手遅れ。歪んじまって、どうにも。
子は間に合う。間に合わせる。真っ直ぐスクスク育って、強く優しい人に。そう願い、慈しみ育てている。
里は、知られてナイ。知っているのは、霧雲山の忍びだけ。
祝辺の守に認められた、隠れ里。知られてはイケナイ、見つかってはイケナイ。それが、獣谷の隠れ里。
オレたちは、知っている。同じ早稲の、生き残りだからな。
このまま隠せるとは、思わない。いつかは、他の里と。そう考えている。でも、今じゃナイ。
隠れ里と結びたいなら、他を当たってくれ。獣谷と他とじゃ、違い過ぎる。
「・・・・・・あの。」
「何だい。」
獣谷の隠れ里と良村が、とても大きな事を。それは解りました。
器が違う、違い過ぎる。背負っているモノも、その重さも。だから諦めます。双の皆を、説き伏せます。
しかし、このまま帰れません。双の隠れ里は、暴れ川から近いのです。沢を伝って、辿り着けます。双樫の大木が、目印です。
今までは、見つかりませんでした。でも、いつか見つかります。獣谷と違って、狩り人が入りますから。樵だって、入りますから。
これまで幾度か、知られそうに。その度に、大慌て。双樫神、使わしめの皆さま。隠や妖怪たち。祝の力で隠して、隠して。
耶万は人で無くする薬を、多く作った。それを使えば、獣のように鋭くなる。目も耳も、全て。そう聞きました。祝が木の声を、それで。
双は、ドコとも結んでいません。付き合いのある楢守と結んでも、守り切れません。耶万は恐ろしい。でも逃げられない。
双は隠れ里。これからも、隠れ続けます。ずっと。