7-56 い、犬ぅ
何だ、この男。
シゲコが乗り込んだって事は、突っ突いたか叩いたか。櫂が見当たらないから、突っ突いたんだろう。
叩いたなら、咥えて引っ張る。で、舟ごと引っ繰り返る。この怯えっぷり。犬が、恐いのか?
「止まれ。降りて、舟を上げろ。」
チラッと見る。舟に狩りの具も、戦の具も無い。隠し持っている?
「ヒィ。」
ガタガタ。ガタガタ。
「・・・・・・手を上げて、頭の後ろで組め。それから舟の底に、腹這いになれ。」
「ハッ、ハイィィ。」
スッと両の手を上げ、パッと頭の後ろで組む。それから、ドンッと腹這いに。
・・・・・・痛くない?
シゲは舳を掴み、グイッと寄せる。そのまま引き摺り、止めた。シゲコは静かに呻りながら、アヤシイ男を見張っている。
「どこの、誰だ。」
ゆっくり確かめるように、問う。
「あっ、怪しい、者では。あっ、ありま、せんっ。」
・・・・・・怪しい。
「シゲコ、おいで。」
「ワン。」 ハイ。
シュタッと舟から降り、シゲの後ろへ。
「犬は降ろした。答えろ。どこの、誰だ。」
「双の狩頭、ツヨ。」
「で、ツヨ。良山に、何しに来た。」
「よっ、良村の。ゴクリ。長に、話をっ。」
「話?」
「ふっ双の、札を。」
「見せろ。」
「ヒャイ。」
膝を折って座り、袋から札を出した。
・・・・・・分からん。
双? どこにある。とりあえず、狩り小屋に入れるか。縛って。
「確かめるには、時が掛かる。暫く待て。縛るが、暴れるな。」
「ヒャイ。」
いっ、犬が、睨んでるぅ。ここっ、コワイ。
「と、いう事だ。みんな、分かるかい?」
シゲとシゲコが、村に戻った。シンは商い。ノリとセンは、釣り。タケとムロは狩りで、村を出ている。
「双って、隠れ里かな? 初めて聞いた。」
札を見ながら、カズ。
「オレも。聞いた事、無いな。」
「私も。」
首を傾げる、コタとコノ。
「キャン。」 マルガキマス。
コナツが吠えて、知らせる。
トコトコと、マルが駆けて来た。
「シゲさん。オミさんが、おはっ、なしがぁるってっ、おっひゃってますっ。」
「オミさん?」
コクンと頷き、ニコッ。
「大実神の、使わしめだ。双樫社から、使いが来た。」
大蛇がニコニコしながら、補い足す。
「双樫社、ですか?」
戸惑うシゲ。良村で見えるのは、マルだけ。
「その札を出した、社の事だ。」
双は隠れ里。暴れ川を南へ。橡の大木の、ずっと西。流山を挟むからな、人には分かり難いか。
その双から狩頭が、社の札を持って来ると、知らせに。