3-8 悲報
朝が来た。まだ、嵐の中にいる。いくら釜戸山の釣り人でも、嵐の中、舟を出せない。タツはまだ眠っている。縛られたままなのに、よく眠れるもんだ。
ドンドン。
「誰だ?こんな朝、早く。」
「コタだ、となりの。」
扉を開くと、コタが、赤い目をして立っていた。
「シゲを知らないか。」
「ああ、ここにいるよ。」
「シゲ、落ち着いて聞いてくれ。セツが死んだ。」
「えっ、な、何を。」
「死んだんだ、セツが。」
そうだ、セツは臥せっていた。でも、まさか。
「シゲ、シゲ、しっかりしろ!シゲ。」
久しぶりに良い夢を見たのに。頭が割れるように痛い。目が回る。それに・・・・・・。
「カズ、来てくれ。」
「ど、どうした?タツが逃げたか。」
「いや、そこで寝てる。タツはいい。シゲだ。」
「シゲ!真っ青じゃないか。」
ゆっくりと水を飲ませてから、寝かせた。
「コタ、教えてくれ。セツに何があった。」
シゲの目が虚ろだ。
「オレも、詳しくは知らない。すまない。コノが言うには、ずっと咳が止まらなかったらしい。血を吐くこともあったそうだ。」
「咳して・・・・・・血を。」
「そう聞いた。でな、二人の子を残して、朝早く、死んだ。」
「妹が言ってたよ。あんなに苦しそうだったのに、穏やかな顔だったって。」
なんてことだ!
「残された二人の子も、おなじ病らしい。」
泣いた。
「一人で。ごめんよ、さみしかったろう。兄い、村にいたのに。」
「ごめんよ。ごめんよ。病に効くって聞いたんだ。でも、効かなかったのか。」
「ごめんよ、ごめんよ、セツ。兄いを許してくれ。セツ・・・・・・。」
シゲが熱い。息も絶え絶えだ。それに何度も、おなじ言の葉を紡いで。風も雨も強いままだ。セツを、シゲが守りたかった、たった一人、残った妹を、あんな家から出してやりたい。でも、この嵐の中じゃぁ。
カズが、小さな声で聞いた。
「コタ、セツの子。二人とも、臥せってるのか。」
「ああ、おなじところで、並んでコンコンしてたらしい。」
「じゃあ、今も、セツのとなりで。」
「ああ、そう言ってた。」
ノリは思わず、立ち上がった。外へ飛び出そうとするのを、カズとコタが引き留める。
「待て!今、行っても、連れだせない。この雨の中、病の子を動かしたら。し、死んじまう。」
あぁ~!!あの男、何してやがる!
「村長ぁ。ジン。」
ノリの目が、怒りで、燃えるように赤くなっている。
「あいつらぁーっ、早稲の男ども、すべてっ。」
「ああ、そうしよう!でも、今じゃない。」
「そうだ、今じゃない。落ち着け、ノリ。」
そうだ、今は生きているシゲを助けよう。
「コタ、コノはどうした。」
「早稲の村の長の家に戻ったよ。セツのこと、シゲに伝えるために戻ったんだ。婆さん、すぐに行かせてくれたんだって。でも、家にいなくて。」
そうか、そういうことか。
「オレが伝えるって言ったら、子だけにしておけないからって。」
いくら、村長んとこの婆さんが許しても、村長は許さないだろう。年老いた母親を、歩けなくなった、弱った母親を助けもしない。そのうえ、欠かせない手助けのすべて、コノに押し付けるような男だ。




