3-7 最期場
「この嵐、いつ過ぎるかな。」
「そうだなぁ、昼かな。」
「昼に出て、舟でここまで。水嵩が増してるだろうから、早いだろう。急ぐなら深川まで出て、底なしの湖へ。鳥の川に出て、ここまで。日が暮れる、ずっと前に来るんじゃないか。」
「釜戸山の釣り人は、舟の扱いがうまいからな。」
ひどく疲れていたシゲは、二人の、小さな話し声を聞きながら、引き込まれるように眠った。そして。
オレは狩り人だが、強いられることがある。断りたくても、断れない。妹が、セツが人質に取られているから。早稲の村に、母さんとセツが攫われた時、十二歳だった。父さんは死んでいた。オレを守って死んだ。
はじめての狩りの時、大熊に襲われそうになったのを、助けてくれた。六つだった。だから、母さんと弟や妹たちのことは、オレが守ると決めていたし、守っていた。村が、となりの村に襲われるまでは。
森に入っていた母とセツ、狩りに出ていたオレは生き残った。ほかの弟と妹たちは、死んだ。守れなかった。せめて生き残った二人は守ろうと、狩り人の村に助けを求めた。そこで静かに暮らしていたのに、ある日、母さんとセツを攫われた。セツの美しさに目をつけていた、となりの村の長に。
イノシシを狩って、村に戻ると、ひどく荒らされていた。男たちが狩りに出ている間に。すぐに探した。すぐに見つけた。そして殺した。となりの村の長は母さんを、倅はセツを押し倒していたから。迷わなかった。狩り人の村に戻ってすぐ、村長は言ってくれた。
「悪くない。守るため、戦ったんだ。」
荒らされたのは家だけで、田んぼはそのままだった。穫り入れ、倉に収めた夜。火の矢が飛んで、家が燃えた。外に出たオレは、焦った。早稲だったから。戦った。母さんを、セツを攫われないように。でも、負けた。オレは死にかけた。でも、死ななかった。傷を縫ってもらい、すぐに早稲の村に乗り込んだ。でも、遅かった。
セツは、まだ十歳だったのに・・・・・・。早稲の男に、気に入られてしまった。
「助けたくても助けられなかった。」
母さんはそう言って、泣き崩れた。オレが強ければ、もっと強ければ、早稲の男なんかに、触らせなかった。でも、オレは負けた。弱かった。
男は、村の長の子ジン。しかも、跡取り。そんなことはどうでもいい。
「妹を返せ。」
食ってかかったが、取り戻せなかった。また負けた。母さんもセツを取り戻そうとして、ジンに殺された。守れなかった。セツは・・・・・・ジンの子を産んだ。
「子に罪はない。」
そう言って、ジンに似た子を育てている。
「妹を殺されたくなければ。」
そう言われると、逆らえない。オレは強くなりたい。セツを守りたい。
オレは、苦しみながら死ぬ。楽には死ねない。血にまみれ、のたうち回って死ぬ。そんな夢を見る。それでも、たまに。ごく、たまに。死んだ両親と弟妹に会える。笑って、手を振っている。
オレは同じ所へは行けない。でも、いい。それだけのことをしたんだ。でも少しだけ、もう少しだけ。この夢の中にいたい。




