7-31 退避命令
「チュウ!」
「鼠神?」
隠たち、ビックリ。
「南で、悪しきモノが暴れ出した。蛇の姿をした、闇。」
蛇じゃ無くても、蛇の姿をしていれば分かってしまう。鼠神、スゴイですね。
「急ぎ、蛇神へ使いを。」
エェェ! ・・・・・・顔を見合わせ、頷く。
「ハイッ。」
「何だぁ?」
耶万に潜っていた、雲が叫ぶ。
「どうした。」
影が問う。
「闇だ。あんなに深い闇、見た事が無い。みんな急げ!」
五つの忍びは、北を目指す。耶万を調べ尽くし、話し合うために。戻るのは夜。なのに急いだのは、聞いたから。
雲、月、桧、梟は、影に従った。心消から飛んで来た社憑き、靄が言ったから。『直ぐに逃げよ』と、前足で耶万を示して。
沢出社の祝には、先読の力がある。いつ起こる事なのか、はっきり分かるワケでは無い。しかし態態、使わしめを走らせた。
いくら狐の妖怪でも、心消から耶万までは遠い。なのに急がせた。
「マズイ事になったな。」
「あぁ。」
緋と謡が見合う。二人とも、嫌な感じがした。片付けは済んでいる。緋が動けるのは夜。今は昼、目が辛い。それでも。
「急ぎ。」
「逃げよう。」
スッと、風のように駆ける。
「良く出た。」
「玄? 頭は何を。」
玄は謡狐。謡の頭は禰宜。弱いが、先見の力を持っている。
謡い人の隠れ里、樫。心を読む事が出来る、齋橿の一族が作った里。目眩ましの力を持つ、樫の一族と力を合わせ、里を強くした。齋橿と樫を繋ぐのが、厳樫社。
玄は子狐の時、人の子に攫われ、犬扱いされた。逃げ出し捕まり、嬲られる。その時、助けたのが樫の一族。以来、代々の禰宜に仕えている。
「急げ。闇に飲まれるぞ!」
走りながら叫ぶ。形振り構って、いられない。嵐のように駆ける。
使わしめは、隠か妖怪。祝の力を持たない人には見えない、見せない。その使わしめが、人に姿を見せた。
緋は玄を。桧、月、梟は靄を。生まれて初めて、使わしめを見た。そして、全てを悟る。
霧雲山の統べる地の忍びが、北の地から逃げた。誰一人、闇に飲まれず。誰一人、傷を負わず。
「フフフッ、フフッ。フフフフ、フフフ。」
男の声なのか、女の声なのか、全く判らない。
「逃がさない、逃がせない。フフフッ、フフフフフ。」
絡みつくような声と、沈むような声。
「行かないで・・・・・・。フフッ、そばにいて。」
縋るような声と、甘えるような声。
ユラユラ、グラグラ。深い、深い闇が広がる。




