3-2 なんてこった!
思ったよりも、早く早稲の村についた。タツがブツブツ言っていたが、聞こえないふりをして、犬と魚を舟から下ろす。風が強く吹いた。早く舟を引き上げて、小屋に入れなければ。タツのヤツ、手伝えよ!
「ノリ、おかえり。ごめん、遅くなった。」
「カズ、ただいま。遅くなって、ごめん。実は入れ食いでさ、はずみがついちまって。」
箱の魚籠いっぱいに、丸々とした魚が入っていた。二匹の犬が、尾をブンブン振っている。
「こりゃあ、いい。夕餉が楽しみだ。」
カズが持ってきた背負子に魚籠をのせ、落ちないように紐で結ぶ。イヌを探すために乗せていた袋は、犬たちに背負わせた。
早稲の村は、よそ者に厳しい。匿うが、助けない。そして、その人たちは、何をしても早稲の村人にはなれず、「早稲の他所の」人と呼ばれ続ける。そう、早稲の村は、よそ者に厳しいのだ。
カズたちは、早稲の村の外れで暮らしている。ノリは器用で、木や竹を使って、いろいろなものを作る。なんやかんや置いているのに、狭く感じないのは、二人とも片付けがうまいからだ。
早稲の村に逃げ込んでしまった人たちは、食べることができない苦しみを、嫌というほど知っている。だから、多く手にいれた食べものは、みんなで分ける。
二つの箱魚籠が、いっぱいになるまで釣り続けたのも、みんなで分けるため。一人、また一人、魚をもらいにやって来た。
「オイ、ノリ。魚くれ。」
タツ、何も手伝わなかったくせに。まあ、舟の中では、大人しくしていたから、一匹、分けてやる。
「まだ、あるじゃないか。」
「あるよ。」
「じゃあ、」
「残りは腸を抜いて、干す。」
いつも魚が釣れるとは限らない。だから、残りは干物にする。そうすれば、少し長く食べられるから。
ブツブツ言いながら帰ったタツと入れ替わりに、シゲが入ってきた。
「今、いいか。」
「ああ、いいよ。どうした。」
シゲが思いつめたような顔をして言った。
「タツは狂ってる。」
「知ってるよ、みんな。」
「オレ、見たんだ。谷で笑いながら、大きな声で叫んで、騒ぎ立ててるタツを。聞いたんだ、『連れて行く。決めた』だの、『逃がさないぞ、コウ』だの『オレのためにだけ生きろ』だの。」
「えっ、コウ?ツウじゃなくて。」
「ああ、コウって言ってた。谷にある岩の辺りで見失ったらしい。」
「もし、逃げたんなら、その子は段の滝を登ったことになる。そんなこと、狩り人だって難しい。もし、狩り人の子だったら、手を出せない。」
どういうことだろう。
「川田の狩り人から言われてる。再び、子に手を出せば、山から追い出すと。」
「再びってことは、誰だ。」
「タツだ。子を死なせた。」
なんてこった!何しやがる、タツ。
「そのコウって子、狩り人の子か。」
「わからない。でも、稲田のジロの孫、コウって名だ。川田のゴロの子と同じだって聞いた。」
ジロにゴロ、オレでも知ってる。そんな人の子を攫う気か、タツ。




