6-172 見守っていてね
そうだった。人は醜く、愚かな生き物だ。奪い奪って、奪い合い。傷つけ、楽しみ、歪んで。
魂を剥がされた巫、覡など、どうでも。それより隠。こんなに濃い闇を纏い、戻れるのか?
・・・・・・戻れなくても良いと、思っているのだろう。戻れなくても、敵を討つと。
蛇神はなぜ、私をココへ? 黒狐はなぜ、止めなかった。国つ神とはいえ、隠。主とはいえ、妖怪。
根の国と、どのような繋がりが? 隠の世でも、妖怪の墓場でも無く。
・・・・・・動けない。重い。ウルサイ。・・・・・・愛し子は、マルだけでは。それで、このような。だとすれば、直ぐにでも。
「牙の滝の、蛇神様。」
釜戸社の裁きに、御出でに。
「狐の、狐の泉の主さま。」
プイッ。呼べば来ると思うな!
「キャァ!」
マルコやコナツと楽しく遊んで、眠り込んでいたタエ。悪い夢を見て、飛び起きた。
「ヨシヨシ。こわくぅ、ないよっ。」
マルに見つめられ、夢だと気付く。隣にはミヨ。コナツを抱き、スヤスヤと眠っている。
「水、飲むかい?」
ノリから竹筒を受け取り、ゴクリ。
「ありがとう。」
そう、ここは釜戸山。北山じゃ無い。北山社から、釜戸社が救い出してくれた。纏わりつくような濃い闇から、明るく温かい、光の中へ。
それでも怖くて恐ろしくて、ガタガタ震えていた。叫び出しそうになった時、マルが抱きしめてくれた。そしたら嘘みたいにスッと、楽になった。
・・・・・・添野に戻れると、言われた。
戻っても、誰も居ない。母さんも父さんも、死んだ。私を守ろうとして、殺された。母さんが生まれた茅野にも、婆さまが生まれた飯野にも、縁の者は一人も。
豊田は嫌、添野も豊野も豊井にも。豊田の国には、戻らない。そう言ったら茅野神の使わしめ、ヤノさまが仰った。『茅野社へ。神の仰せです』って。
『母さん、父さん。私、生きます。きっと幸せ、掴みます。見守っていてね。』心の中で言ったら、ミヨの伯父さんに言われた。『きっと幸せに暮らせるよ』って。
ミヨは、伯父さんに引き取られる。
玉置の国、宝玉社。社の司で、心の声が聞こえる。祝の継ぐ子だったんだって。とっても優しそうな人。
ミヨは話せなくなった。言の葉は出るけど、話せない。でも『話せるようになるよ』って、心の中で言ったら、ニコッとした。『生きようね、幸せになろうね』って言ったら、頷いた。
生きよう。
殺された人、死んだ人、死を選んだ人が残した時を、私に残された時に重ねて、思い切り生きる。
生き残った私たちが幸せになれば、死んだ人たちも幸せになれる。そう信じて。
「お狐さま。」
「何だ。」
「マルは、他の子も諦めます。ですから、御願いです。」
「断る。愛し子を狙った隠が、アッサリ許されると思うな。」
九尾をワサッワサさせ、言い放った。
隠の守は、巫や覡の魂と共に、闇の中で悶える。大蛇が許すまで。




