3-1 嵐の前の静けさ
早稲の村は、よそ者に厳しい。何をしても早稲の村人にはなれず、「早稲の他所の」人と呼ばれ続ける。
呪いたくなるような環境。生き残るために、結束を強める。絶望から目を背けることなく、夢を実現するために。しかし、邪魔する者が。
早稲編、はじまります。
「ノリ、聞いたか?稲田の村から、ツウって娘が逃げたんだとよ。で、三鶴から、探せって話が来た。」
カズだ。何でも知らせてくれる、良いヤツだ。
「へぇ~。その娘、いくつだ?」
ノリコを撫でながら、何となく聞いた。
「十になったばかり。白くて、小さい。」
ケッ、よくやるよ。
「かわいそうに。あの村長、ぶっ飛んでるから。」
ありゃ、ケダモノだ。
「ココに来る前に、見つけてやらねぇとな。」
「タツも同じこと言ってたぜ。」
やだねぇ~。
「でさ、アイツ、嫌がるイヌ連れて、何の支度もせずに飛んでったよ。」
「な、何だって?イヌは置いてけよ!雨が降る。強い雨が。」
空みりゃ、わかんだろ!タツのヤツ。許せん!
「ノリ、犬好きだもんな。」
そう、オレは犬が好きだ。犬はいい。裏切らない。必ず帰ってくる。雨が止んだら、探しに行くか、イヌを!
ずぶ濡れに濡れて、震えてるかもしれない。おなかをすかせてるだろうから、干し肉を持って行こう。
まずは、ノリコだ。走り回って疲れたろう。イイコ、イイコ。ごはんだよ、お食べ。
夜が更けるにつれ、風も雨の強くなった。イヌ、寒くないか、怯えてないか。エサは?痛いこと、されてないか。
オレは、タツが嫌いだ。アイツ、甘ったれのくせに、イヌだけじゃない、すべての犬を手荒に扱う。許せん。
犬と人は、強い絆で結ばれている。なのに、ろくにエサをやらない。泥まみれになっても、洗ってやらない。撫でもしない。
となりの村に襲われた時、母さんは、オレを守って死んだ。となりの村のヤツに殺されたんだ。生き残った父さんは、オレを連れて山奥へ逃げた。
でも、早稲の村に助けをもとめた。オレが熱を出したから。傷のせいだ。だから、早く手当てしなきゃいけなかったんだ。もし、熱を出さなければ、早稲なんか来なかった。
山のむこうの、奥にある村に行くはずだった。オレのせいだ。いや、となりの村のせいだ。
タツの母さんは、殺されちまったオレの母さんに、なんとなく似ていた。だから、よく話しかけた。
嫌な思いをしているのに、いつも笑ってた。五つだったオレには、何も出来なかった。でも、いつも笑ってくれた。なのに、タツは「もの足りない」だの、「満たされない」だの、グダグダ言って、困らせていた。
八つにもなって、周りが見えてなかった。
オレは、わかってた。早稲の村が、どういう村なのか。タツの母さんが死んで、一年そこら経って、タツは父さんに会えた。きっと、やっとの思いで会いにきてくれたんだ。なのに、タツは砂を投げて、叫んだ。
「人殺し。」
タツの父さん、泣いてた。
「守っていたはずなのに」
そう言って。
父さんが言ってた。
「『オレが早稲に逃げようなんて言ったから、何度も、何度も、何度も、何度も死なせてしまった』って、頭を抱えて、叫んでた。」
タツの父さんが、早稲の村長に殺された。
「父さん、何で助けに来ないんだ。」
信じられない!砂を投げつけたくせに。
やあ、ノリコ、おはよう。のど渇いたろう、川に行こう。よぉし、よし。イイコ、イイコ。
「ノリ、おはよう。」
「おはよう、カズ。」
「行くのか?イヌを探しに。」
「ああ、ごはんを食べたらね。とりあえず北に行く。タツは空っぽだから、谷を探そうと思うんだ。」
「ハハハ。そうだろうな。」
「カズもそう思う?」
「思う、思う。あっ、そうだ。舟を使いなよ。」
「いいの?使っても。」
「いいよ。その代わり、魚釣ってきてよ。」
「釣れるかな?」
「網で掬ってもいいよ。」




