6-161 子の幸せを願うなら
人だろうと隠だろうと、祝辺の守は祝。私だって、祝。それに何より、人の事なら釜戸山。
マルは良村に託すと決めた。せっかく幸せに暮らしているのに、引き離すなんて考えられない。
言の葉が出なかったのに、出るようになった。ガリガリだったのに、ふっくらしていた。育たないだろうと言われた仔犬も、大きくなっていた。目がキラキラしていた。
どう考えても、マルは良村で幸せを掴んだ。シッカリ守らなければ!
「その通り。」
釜戸神の使わしめ、ポコも加わる。
隠の守よ。力を求めるのは良い。しかし生け贄を求めるなら、北山と同じ。
烏を通しても、マルを奪えない事は分かる筈。譬え見えていなくとも、祝なら分かるだろう。
なぜ、釜戸山へ。
この度の裁き。霧雲山とは、関わりない。
祝の力を持つ者、闇に飲まれた者を集めて、人柱か生け贄にする気か。山守神へ、差し上げるのか?
「はっ、祝辺で育てば、より幸せに。」
隠の守の声が、少し裏返った。
隠の守にも解っている。祝辺で継ぐ子として育つより、良村の子として育つ方が、幸せに暮らせるだろうと。
それでも引けない。
弱まった力を取り戻すには、強い子を迎え、祝の力を捧げなければ。霧雲山を守るためには、どうしても要る。だから、引けない!
「幾らでも言います。諦めなさい。」
エイがハッキリ、静かに言い切る。
裁きが始まる、ずっと前。谷河の狩り人に見つけられたマルは、釜戸社に留め置かれた。
来る時にノリに会い、迎えに来てもらえると信じ、待っていた。つまり来る前から、良村に引き取られると決まっていたのだ。
日に日に衰え、食べられなくなった。汁物も受け付けず、水を飲むのがやっと。そんな子が駆け出した。迎えに来たノリに抱きつき、離れようとしなかった。そう聞いている。
マルの幸せを願い、良村に託した。マルは良村の子。大人になるまで、良村で育つ。その後、残るか出るか。決めるのはマル。
「良村の子は、良村で育てる。子の幸せを願うなら、引け。」
シゲが燃えるような目をして、言った。
話し合いにより、北山から救われた者、全て。受け入れ先が決まった。
どんなに遠くとも、縁のある者へ。縁の者が居らぬ者は、縁のある地へ。闇に飲まれた者は清められ、社へ。
「マルには、祝の力がある筈。」
隠の守は、まだ諦められない。
「力が有ろうが無かろうが、祝辺には関わりない。」
エイが冷たく、言い放つ。
「良村には、社が無い。」
守よ、まだ言うか。
祝辺の守は、霧雲山を。山守神は、霧雲山が統べる地を守り、治める。なのに近ごろ、祝の力が弱まっている。
思い起こせば、地が震えた辺り。食べ物が燃え、冬なのに戦が始まった。多くの命が奪われ、多くの人が苦しんだ。
霧雲山だって、食べ物を出した。しかし、戦を止められた筈だと。
祝辺の守とて、祝。神が望まれぬ事など、決して。・・・・・・動けなかったのだ。




