6-109 樫の忍び、謡
謡が近づいて直ぐ、マルコは大蛇に知らせた。知らない忍びが鮎川を越えて、蔓川の向こうに入ったと。
謡だと気付いた大蛇は、マルコを背に乗せ、向かった。
蔓川を越えたら、追い返す。越えずに待ち続ければ、声を掛ける。そう決めて、見張る。
「謡よ、何用か。」
「・・・・・・? 誰だ、忍びか。」
「祝の子。」
声を低くして、囁く。
「守った、隠か妖怪?」
思った通り、探ったか。
ウロチョロ、チョコマカして居ったが、この忍び。山に入ろうとしない。樫は、良村と結ぶ気か。
マルコに言伝を。
犬に出来る事では無いので、思いを託した。マルの頬に、前足を当てるだけで伝わる。『謡が、シゲに会いたがっている』と。
話し合いは昼。イチの魂を救うのは、明くる日になるだろう。
影との話し合いに、オロチ様も加わってくださる。『もしも』に備えて、シンにも出てもらう。
忍びの結びなど、どうでも良い。
木菟や鷲の目は信じられるが、祝辺の守に何が出来る。霧雲山を外して結んでいるなら、そのうち気付かれるだろう。
祝辺の、隠の守。
強い力が有るらしいが、この地を守る気は無い。あれば、戦を止めた筈だ。戦を起こすな、助け合え、話し合えって。良いケドさ、口だけじゃねぇか。
人絡みなら、釜戸山。隠絡みなら、オロチ様に御願いする。
獣谷の隠れ里と助け合って、乗り越えられる。上木とも結んだ。雲となら、考える。
心消、影。
・・・・・・どうしたもんかね。預かった、長の証は返す。あんな品、いつまでも預かれない。
「・・・・・・さん。」
マルが衣の裾を、クイクイ引っ張った。難しい顔、してたんだろう。
「何だい、マル。」
「うた、がね。しぃげ、さんに、あいたいっ、て。」
「うた?」
良く分からんが、誰かが来たんだろう。
オロチ様がマルに伝えて、呼びに。だとすれば、蔓川の外で待っている。そんな事をするのは、忍びだけ。
もし、良村に禍を齎すようなら。それは無いか。そうならマルを守るようにして、マルコが吠える。
「マルコが、教えてくれるのかな?」
マルがコクンと頷いた。
「キャン。」 ツイテキテクダサイ。
マルコは吠えると、タッと駆けた。少し離れて止まり、シゲを待っている。
「行ってくるよ。」
マルがニコッとして、手を振ってくれた。
石積みの社から、獣道を下る。罠を避けながら、タッタと駆けるマルコ。シゲが見失わないように、走っては止まり、また走る。
山裾から、北へ少し。沢を伝って、蔓川に出る。木の後ろから、人が現われた。
「樫の忍び、謡だ。」
「良村の長、シゲだ。」
樫は、謡い人の隠れ里。霧雲山から隠れて、ひっそりと暮らしている。祝辺の守を信じられず、木菟や鷲の目を避けて。
結んでいるのは、大平と陽守。二人の長から良村の話を聞き、探っていた。
祝からも、お許しを得ている。一度で良いから、樫の長と会ってほしい。




