6-91 傷つく姿なんて、見たくない
やっと話せるようになったのに!
辛い思い、させたくない。それにオロチ様。マルが行くなら、きっと。そうなれば気付かれる。マルに、隠が憑いた事に。
今の北山に、戦う力は無い。武田には有る。攻められても負け無い。しかし、マルはきっと傷つく。
嫌なんだ。子が傷つく姿なんて、見たくない。ノリも同じ事、言う筈だ。
「言うだろうな。オレだって、同じさ。」
シゲが続ける。
子が一人で、滝の上から身を投げる。
早稲と違う苦しみに耐えて、それでも生きて、疲れて、死ぬ事を選んだ。
どれだけ辛かっただろう、痛かっただろう。抱きしめてくれる人も、笑いかけてくれる人も、いなかったのか?
北山で生まれ育ったが、良村の子だ。みんな、マルの幸せを願っている。
誰か何と言おうと、渡さない。ここで生きるのか、村を出るのか。マルが大人になって、決める事。それまでは、皆で育てる。話し合って、そう決めただろう?
「マルに決めさせても良いが・・・・・・。」
シンが言う。
あの子は優しい。
もし武田に引き取られれば、鴫山社に閉じ込められる。そして必ず、死ぬまで扱き使われる。
鴫山神の使わしめは、蛇らしい。オロチ様も蛇だが、どう考えても、武田では幸せになれない。
好きでもない男と契らされて、ボンボン産まされて、ボロボロになるに決まってる。
オレ、嫌だ。
もしそうなれば、攫うよ。商いのフリして、一人でもさ。
好きでもない男の子を産むなんて、嫌に決まってる。母さんと同じ思いを、マルにも誰にも、させなくないんだ。
「北山へ戻されても、同じだろう。」
ムロが続ける。
北山は、勝ちに拘る。戦に勝つために、祝や隠を使う。使えると思い込んでいる。
あの辺りで狩り、しているとな。出くわすんだ、骸に。
逃げたんだろう、手足に縄の跡がな。獣に食われて、めくれた衣の下には、痣が。マルにもあった、あの痣だよ。
見ていられなくて、辛くてね。小出で鍬を借りて、葬った。
クロは、血の匂いに強い。獣に襲われて、逃げて倒れた人がいるって、吠えるんだ。オレ一人じゃ、どうにも。だから、他の狩り人と向かう。
間に合っても、虫の息。
沢から水を汲んで、飲ませるとな。ニッコリ笑って、言うんだよ。『人として死ねる』って。
つまり北山は、攫った祝やその子を、人として扱わないって事さ。
「マルは、良村の子だ。裁きがどうなろうと、変わらない。釜戸社の祝が、そう決められた。」
難しい顔をして、シゲが言う。
釜戸社が、決めた事。何があっても、覆らない。それでも祝は、マルを呼んだ。
オレだって、行かせたくない。しかし、釜戸山の灰が降る地で、釜戸社に逆らう事は出来ない。
今、釜戸山にはノリがいる。ノリコも。
釜戸の使い犬を育てるのは、狩り人の村だ。あそこは、源の泉に近い。マルを連れて行けば、必ず会える。
どうだろう。裁きに出す代わりに、求めるんだ。
裁きの時、マルを祝の隣か、社の奥にと。それが叶わないなら、裁きには出さない。そうまで言われれば、マルを隠すだろう。
「そうしよう。」
カズが言う。すると皆、頷いた。




