2-15 胸開く
朝。晴れている。
「おはよう。」
「おはようございます。ゴロさん、タロさん。」
二人とも、もう起きてたのか。早いなぁ。
「おはようございます。ゴロさん、タロさん、コウ。」
ツウだ。笑ってる。
「おはよう。ツウ、よく眠れたかい?」
「はい。ぐっすりと。」
「そりゃぁ、よかった。さあ二人とも、顔を洗っておいで。」
「はい。ツウ、こっちだよ。」
鷹山にある狩り人の小屋は、川のそばにある。山の泉から、サラサラ流れている。
とても穏やかで、やさしい川だ。鷹山にも、となりの鷲山にも、おいしい水が湧く泉が、いくつもある。
谷の向こう側は、際まで山だ。でも、こちら側は少し開けている。だから鷹や鷲が多い。獣も住みやすいのか、とても良い狩り場だ。
「わぁぁ。川床まで、透けて見える。」
ここに来た時、急いでいた。でも、今は違う。ゆっくり見せてあげよう。とても美しい川だから。
「とても澄んでるんだ。飲んでごらん。柔らかくて、おいしいよ。」
白くて、小さな手を川に浸す。微笑みながら、両手でスゥっと掬って、コクコクッと飲んだ。
「おいしい。とっても、おいしいわ。」
ツウが輝いて見える。幸せだなぁ。
「コウ。」
あっ、見蕩れちゃった。
「うん。よかった。」
並んで、パシャパシャと顔を洗った。気持ちよさそうにしているツウに、また見蕩れそうになる。
「そろそろ行こうか、ツウ。」
水を汲んでから、そっと声をかけた。
「戻りました。」
「ああ、おかえり。水を汲んでくれたのか。ありがとう。」
村を出てから、そんなに経ってない。なのに、なんだか昔のことのような気がした。
「朝餉にしよう。手伝っておくれ。」
ゆったりとした心持ちになる。幸せだ。ゴロさんがいる。タロさんがいる。ツウがいる。笑っている。
ずっと、ずっと、いつまでも続くといいな。爺様、ミツ、見守ってくれるかい?
みんなで楽しく、おいしい朝餉を食べた。すっかり片付けてから、ツウに話した。これからのことを。
すべてではないが、だいたい話し終えた時、静かにゴロさんが立ち上がった。
タツが来たのか?それはないはず。あの時。引くと狩りの神に誓って、川下へ消えた。
イヌを連れていたから、洞のある岩から見えなくなるまで待った。隠れるところなんてない。ずっと、ずっと川下まで下がったはずだ。
オレは目がいい。見えなくなるまで、動かなかった。ツウを見られたら、すぐに攫われると思ったから。
あの谷からここまで・・・・・・。二日はかかる。まだ、谷にいるはずだ。
「嵐がくる。」
ゴロさんが低い声で、ゆっくりと言った。山の空は変わりやすい。オレは空を見上げた。
よく晴れている。雨のにおいもしない。でも、ゴロさんが言うんだ。間違いない。
「昼になるずっと前、嵐が来る。荒れるぞ。出るのは、嵐が過ぎてからにしよう。今から向かえば、雷に打たれるかもしれない。待とう。ここにいれば、危なくない。」
少しでも早く、釜戸山に入りたい。でも、嵐が来るなら待とう。ジロさんが重い、重い声で言うことは、いつだって、そうなる。外れない。
「ツウ。嵐が去るまで、ここにいよう。」
「そうね、そうしましょう。」
ドキンとした。あれっ。今のは・・・・・・。ツウがオレを見つめてる。あっ、また!えぇっ? オレ、どうしたんだろう。
ゴロさん、どうしてニコニコしてるの? タロさん、フンフンと頷いている。
よくわからないけど、オレもニコニコして、フンフンと頷いてみた。
「プッ。ご、ごめんなさい。なんだか、おかしくて。」
ツウが笑った。オレも笑った。ゴロさんも、タロさんも笑っている。心がポカポカした。




