2-13 イヌの本音と悪夢
この谷は深い。日が当たるのは、滝と、木が生えてることくらいだ。おまけに狭くて、息が詰まる。
川の中を歩くから、体が冷えて、歯がガタガタ鳴りだした。このままじゃ凍えちまう。
イヌのヤツ、いい気なもんだ。毛むくじゃらで、涼しい顔してやがる。
にしても、コウのヤツ。滝をすぎりゃ、水の中を歩くしかない。どうする気だったんだ?
舟でも隠してたのか。いや、それはない。あの大水で流れが速い。持ってたとしても、子には漕げない。
「あぁぁ、眠くなってきた。」
こりゃ、まずい。急がないと。
「ワンワン! 」 オイ、ヒト!
なに、ウトウトしてやがる。
「ワワン、ワン! 」 オキロ。アルケ!
寝るな。オレだって、こんなところ歩きたくないんだ。毛皮着てても、寒いんだぞ。
「るっせぇなぁ。吠えるな。響くだろう! 」
バシャッ!!
「ワン、ワワン! 」 ミズ、タタクナ!
なっ、何しやがる!このぉ~!!
「クゥ~?」 アレェ~?
静かになった。
「殴るな、やめてくれ。痛い、痛いよ。」
冷たい風が入ってくる、歪んだ家。
「殴らないでくれ、やめてくれよ。」
また来た。父さん、どこ行ったのさ。早く帰ってきてくれよ!
「おなかがすいたよ。母さん。」
眠い。体が重い。父さん、父さん。どこにいるのさ!
「母さん、起きてくれよ。ねえ、起きて。」
細い腕がダランとして、勢いよく土を叩いた。
「母さん・・・・・・。」
息、してない。
「母さん!母さんっ。起きてよ、ねえ。起きて。」
「母さんっ、お願いだよ。起きて。」
「母さん、オレを一人にしないでくれよ。」
オレ、聞分けのいい子になるから。だから、お願いだよ。母さん、目を開けて。
「父さんっ、父さんっ。早く来て!助けて。母さんが、母さんが。」
お願いだよ。お願いだよ・・・・・・。
「ワン! 」 オイ!
生きてるか?
「ワン。ワワン、ワン! 」 オイ。オキロ、オイ!
こんなところで寝るなぁぁぁ。
「ワワワン、ワンッ。」 シンジマウゾ、オイッ。
オレを一匹にするな。せめて土の上まで連れていけ。
オレはイヌ。名は、ない。ただ、イヌと呼ばれている。他のみんなは、クロだの、シロだの、ノリコだの・・・。
ノリの仔犬だから、ノリコ。大きくなっても、ノリの子だから、そのまま。いいなぁ、名があって。羨ましい。
オレ、コイツ嫌い!でも、たまにエサをくれる。だから、起こしてやる。喜べ!
「ワンッ! 」 エイッ!
これで起きなきゃ、もう知らん。
バシャッ!ブクブクブク・・・・・・。ガバッ。
「ックゥ。」 エッ。
起きた。
「ゲホゴホ。ああぁ~っつ、嫌なもん見ちまった。コウのヤツ、覚えてろ。」
「クウ~ン?」 コウッテ?
あっ、そうだ。あの子だ。オレのこと『賢いイヌ』って言った。そうだ、オレは賢い!あの子、好きだ。




