2-9 狩り人の小屋
暗くなった。でも、ここは谷とは違う。デコボコしていない。
「ツウ、あれが狩り人の小屋だよ。」
灯りが見える。誰かいるの?
コンコン。
「こんばんは。」
「誰だい。」
「ジロの孫、コウです。」
「コウ?稲田の。」
「そうです。娘を一人、連れています。」
勢いよく戸が開いた。ゴロさんだ。
「コウ、もう嫁とったか。」
よ、よっ、嫁?なんてこと言うんだい!耳まで赤くなったじゃないか。
「違います。オレ、まだ八つです。入ってもいいですか。」
「ああ、いいとも。娘さん、娘さん、さあ、お入りなさい。」
「ツウ、入って。この人はゴロさん。川田の村の狩り人で、良い人だよ。」
ゴロさんは爺様の知り合いで、オレにも良くしてくれる、父さんみたいな人だ。
「ツウ、良い名だ。そうだ、おなかがすいたろう。」
肉の入った汁ものをすすめてくれた。
「さあ、おあがり。」
コウが笑っている。
「いただきます。」
いい娘じゃないか。ジロさん、見てるか?コウもなかなか、隅には置けないねぇ。おっといかん。
「コウ、おあがり。イノシシだ。好きだろう。」
ゴロさん、ありがとう。でもね、ニヤニヤするのは、やめてほしいな。もう!タロさんまで。
「いただきます。」
照れてる、照れてる。オレにもこんな時があったなぁ。あったか?あった!あったぞぉ~。
「ゴロさん、タロさん、奥を使わせてもらってもいいですか。」
「ああ、いいぞ。ツウ、疲れたろう。ゆっくり、おやすみ。」
「ありがとうございます。おやすみなさい。」
コウが鹿革を出してくれた。
「ツウ、おやすみ。」
「ありがとう、コウ。おやすみ。」
「コウ、何があった。ここは、稲田から遠すぎる。」
ゴロさん、ツウを起こさないように、声をおさえてくれている。オレは話した。あったこと、すべて。
「そうか。三鶴に、早稲か。」
きな臭い知らせが流れる村ばかり。しかも、タツとは。許せん。鳥の谷に近づくなと言ったのに。
「コウ、お前は正しい。で、どうする。川田の村で暮らすか。」
コウには、ジロさん譲りの才がある。狩り人として生きていけるだろう。釜戸山も良いが。
「オレはタツに狙われています。少しのあいだ、ここにいようと思います。」
タツはいつまでも、しつこく、忘れずに、付きまとうだろう。
「引くとは言いました。でも、信じられません。源の泉で、攫う気だと思います。すぐに離れて、段の滝の奥を通ってきたから、まいたはずです。」
そうか。それにしても、コウ。良い狩り人になったなぁ。オレはうれしい。って、段の滝の奥?
「ゴロさん。釜戸山だけじゃなく、山の奥に、村をつくった人、いませんか。」
村か。山の奥に。
「霧雲山を知ってるか。」
「いつも雲がかかっている、高い山ですか。」
「いや、それは乱雲山。あの山にも村はあるがな。」
「ずっと北の東。もっと高い山があるだろう。」
あった、かな?
「高くてな、寒い。いつも深い、深い霧がかかっていて、雲みたいになっている。そんな山だ。」
タロさんが教えてくれた。
「そこに村があるんですか。」
「ある。」
「谷河の村だ。狩り人の村。だが、あの山には、よそ者を入れない何か、大きな力がある。」