2-7 早稲の話
早稲は小さな村だ。鳥の川を、ずっと下ったところにある。川田のゴロさんが言っていた。聞いた話だが、と。
川のずっと下には、広くて肥えた土地が広がっている。田んぼも多く、豊かだ。でも、争いが絶えない。
早稲の村は小さいが、稲が早く、良く育つ。だから、村を焼かれたり、追われたり。命からがら逃げだした人たちが、助けを求めてやってくる。
駆け込んで来た人を一度、匿う。追手が来ても知らんぷり。何を聞かれても、「知らぬ、存ぜぬ」で押し通す。追手が諦めて帰ると、そこまで。助けない。村の家に閉じ込めたまま。
男の人だけ呼び出される。そして、選ばされる。生きるか、死ぬか。生きる術を持たない人が、生きるためにできること。そう、生きるために、なんだってする。
男の人は、命を差し出す。もちろん、好きな人を守るため。それだけじゃない。早稲の人が嫌がることをさせられる。
早稲の村に残してきた人が、どうしているのか。わからないまま、命をかける。守るためだと信じて。守っているんだと信じて。戦い続ける。
残された人は、飢える。
「せめて子には、子にだけは。」
そう頼んでも、閉じ込められたまま。もらえるのは水だけ。そして、差し出す。すると、ぐちゃぐちゃにされる。病にかかり、死んでしまう。ろくに食べられず、死んでしまう。冬には凍えて、死んでしまう。
早稲の村に来なければ、逃げずに死んでいれば。そんなことを思いながら、死んでゆく。
子も、ひどい。飢え、骨と皮だけになって死ぬ。生きるために盗みを働くと、殺されてしまう。盗まず媚びないと、生き残れない。
女の人は死ぬ。男の人は、生き残ってしまう。そして、守っていると信じていた人が、もう死んでしまったと知った時、狂う。壊れる。親のぬくもりを知らずに育った子も、狂う。壊れる。
豊かな村なのに。守れるはずなのに。早稲の村は、よそ者に厳しい。何年も、何年も。くりかえし、くりかえし。助けを求めてやってきた人を、死んでしまいと思わせる。なのに、ほとんど知られていない。
狂って、壊れた人たちは、攫った。助けを求めてやってきた人を。苦しめるためじゃない。守るために。守りたかった人と、同じ思いをさせないために。そのほうがいいと信じて。
タツは、早稲の村で生まれ、育った人じゃない。助けを求めて、逃げ込んだ人の子だと思う。
ツウのことは、何も言わなかった。けれど、三鶴の長と同じ目をしていた。
狩り人には、狩り人の決まりがある。困っている人を助ける。食べるだけしか狩らない。狩りすぎない。何かを決める時は、話し合う。人を攫わない。いやがることを、強いて、させない。
決まりを守らない人は、山に入れない。見つけたら、追い返せる。だから、できるだけ早く山に入ろう。山にある、狩り人の小屋に行こう。捕まる前に。生き残るために。
「オレ、ツウを守る。」
コウは、真っすぐ目を見て、力強く言った。
「うん。」
もし、タツに捕まれば、三鶴に引き渡される。もしかすると・・・・・・怖い。考えたくない。