2-6 黒いもや
「山で生きる?村の子だろう、コウ。」
「狩り人だ。爺様から教わった。」
「まだ、子だ。山は厳しい。生きられない。」
「だとしても、生きる。妹の分まで。」
「死んだのか、殺されたのか。」
「死んだ。病で。」
草谷の村は、強い。この子も、きっと強くなる。三鶴を嫌うなら、川田へ行けばいい。なのに、山で生きると言った。村を飛び出したんだ。
欲しい。好い目をしている。オレが親なら、離さない。一人なんだろう。強がっているだけだ。攫うか。いや、すぐ逃げる。それなら。
「連れて行く。いいな。」
「断る。」
「連れて行く。決めた。」
「断る。決めた。」
好い目だ。欲しい。敵を前にしても、荒々しいそぶりがない。それに、イヌがピクリともしない。
「イヌは好きか。」
「賢いイヌは好きだ。」
「コイツは・・・・・・賢い。」
「そうだな。だから何だ。」
「やろう。」
妹が言っていた。悪い人には、黒いもやがかかっていると。このタツという男、悪い人だ。オレには見えない。でも、黒いもやがかかっているに違いない。逃げよう。でも、どうする。
ツウを置いて行けない。かといって、連れて逃げても捕まる。捕まれば、きっと三鶴へ引き渡される。嫌だ。そんなこと、させない。日が暮れるまで、まだある。どうする。
「オレは山へ行く。タツとは行かない。決めたことだ。変えない。諦めろ。」
「オレも決めた。変えない。連れて行く。」
「断る。」
「イヌに噛まれたいか。」
「噛まない。賢いイヌだ。」
タツは三鶴の長と同じだ。欲しいものは、どんな手を使っても奪う。手に入れたら、飽きて、捨てる。狙われたら終わり。でも、諦めない。
『諦めたら、終わりだ』爺様が言っていた。下を向くな、前を向け。どんなに苦しくても、諦めなければ、ひらける。だから、諦めない。
「もう一度、言う。オレは山へ行く。タツとは行かない。」
こりゃ、攫うしかないな。この子は諦めない。一度、引くか。この手のヤツは、どんなに痛めつけても従わない。
このまま川上へ向かわせる。ずっと離れて、後をつけよう。山が見えれば、心がゆるむ。その時だ。それまで待とう。逃がさない。
「わかった。引こう。」
「違えるなよ。」
「ああ。誓うか。」
「何に。」
「神に。」
「なんの。」
「・・・・・・。」
「なんの。」
「コウを、狩りの神に誓って。」
「誓って。何だ。」
「引く。」
信じるな。オレを攫う気だ。ツウに気がついているかもしれない。
「離れてくれ。今、すぐに。」
「ああ、わかった。」
タツはイヌを連れて、川下へ消えた。離れてから後をつける気だ。
「ツウ、起きて。」
「起きてた。あのタツって人、三鶴から来たの。」
震えている。三鶴じゃない。けど、似たようなものかもしれない。
「違うよ。でも逃げよう。今、すぐに。」
「どこへ。」
「行こう。歩きながら話す。」