5-80 言の重み
シバは思った。舟の中でシゲが言った、『のほほんと呆けて暴れる、幼子のようだ』という譬えは正しい。何だ、此奴等。助けを求めるなら、少しは控えろよ。
霧雲山に攻め入った、いや攻め入ろうとした玉置、北山、東山。三つの国の長たち。霧雲山に奪われたようなものだから、働き手をよこせ、とは。しかも踏ん反り返って言うことか? 山守の長でなくても、呆れる。
戦を始めるなら、まず使いを立て、言の葉で伝える。それが為来り。何の前触れもなく、いきなり攻めるなど有り得ない。
祝辺の守の許しなく山に入るということは、自ら命を差し出すのと同じ。霧雲山とは、そういう山だ。
為来り、決まりも破り、求めるなど。愚かにも程がある。助ける気になど、なれない。
舟の中で聞かされた話・・・・・・。辛く悲しい、息が苦しくなるものだった。
村に残した、守りたい人のため。奪いたくない命を奪い、殺される。残された人は皆、飢えや病に苦しむ。戦場へ駆り出された、守りたい人を思いながら、死ぬ。早稲と同じことが、この地でも。
戦で奪われるのは、命。家、食べ物も奪われる。死なずに生き残った人たちに、何が出来る? そもそも戦なんて、冬にするもんじゃない。なのに、戦が始まった。
広くて平らな地なら、まだマシ。離れた地へ逃げれば良い。でも、ここは山の奥。霧雲山から見れば山裾の地だろうが、平らな地なんて、あっても少ないだろう。
薪を得るために山に入って、木を切る。それを運んで直ぐ、使えないよな。湿って。
冬に死人が出ても、一人か二人。それなら、力を合わせて葬れる。戦なら? 骸を焼くには、薪が足りない。雪が深くて、埋められない。
となれば、だ。病が広がる。バタバタと倒れる。骨が浮くほど、痩せ細る。苦しそうな顔をして、死ぬ。
残された者は、辛いなんてモンじゃない。酷いのは、子さ。冷たくなった母の乳に吸いつき、消えそうな声で泣く嬰児。飢えと病で、動かなくなった幼子。
子に死なれた母。命がけで産んだ子さ。小さくて、愛おしい。そんな我が子に、乳をやれないんだ。
腹が減って、泣くだろう? 口に含ませても、乳が出ない。泣き声も小さくなって、終いには・・・・・・。
死んだ嬰児を抱きしめてさ、乳を飲ませてくれないか、助けてくれないかって。
男たちだって、好き好んで攻めたんじゃない。けどな、オレは長だ。村を守るために、奪った。そのままに出来ないから、葬ったよ。
残りたかっただろうに、逆らえず。守りたい人を守るため、戦場に。・・・・・・骸の顔は皆、苦しそうだった。頬が痩けて、カサカサで。
愚かな長の、愚かな考えが、多くの命を奪う。早稲と同じ過ちを何度、繰り返せば学ぶんだろうな。
『決して、戦を起こしてはならぬ。助け合い、話し合って、生きよ』祝辺の守の仰せだ。背く気など無い。だが、戦を仕掛けたヤツは捨てる。
残された人たち全て、救えるなら救いたい。けど難しいだろう。それでも、さ。出来る限りのことは、しようと思うんだ。