2-5 谷のそこ
よかった。嫌がっているわけじゃないんだ。でも、気をつけよう。そうだ。まず、何か食べよう。山からの大水は、いろんなものを運んでくれる。大きな岩や木、魚など。袋から小さな刀を出すと、銛を作った。
ツウは目を丸くした。あっと言う間だった。手を打ち鳴らしそうになり、ハッとする。このままではいけない。薪を集めよう。キョロキョロしていると、コウが言った。
「近くにあるから。遠くに行ってはいけないよ。」
慣れた手つきで魚を捕り、笑っている。
「わかったわ。」
何かが光った。そっと触れると、スッと消えた。
「ツウ。」
ハッとして、足元にある、乾いた枝を集める。
「これ、どうかな。」
「いいね、ありがとう。」
捕った魚の腸を抜き、木でつくった串を刺し通す。こんがりと焼いた魚は、とてもおいしかった。
「ツウ、休もう。疲れたろう。」
おなかがいっぱいになって、眠くなったんだろう。ウトウトしている。
「これに包まって、あったかくしてね。」
鹿革を手渡した。
「ありがとう。」
ツウが笑った。
谷の底は冷える。とても、とても冷える。崖の洞は、高いところにある。でも、この洞は低い。地べたよりマシだ。でも、凍えてしまう。しっかり包んでから、そっと洞を出た。
追手が来るかもしれない。罠を仕掛けよう。爺様が言っていた。『外では心をゆるめるな』と。
昼過ぎ、足音がした。人だ。弓に矢をつがえ、そっと覗く。狩り人だ。イヌを連れている。谷の底はよく響く。吠えられたら、ツウが怖がる。
「オレはコウ。山に行く。森をぬけようと思ったが、きな臭い話を聞いた。だから谷から行く。」
ゆっくりと岩から出て、話しかけた。嘘は言ってない。だから、わかってもらえる。そう信じよう。
「オレはタツ。川下から来た。同じだ。きな臭い話を聞いた。一人か。」
ツウを探しているのか?
「いや、違う。」
顔の色を変えず、皴を寄せず、落ち着いて答えた。
「そうか。おさめてくれ。敵じゃない。」
タツはイヌを伏せさせ、言った。
「そうか。同じだ。敵じゃない。」
靫に矢を入れ、弓を背負い、手のひらを見せた。狩り人は、一人では狩らない。あやしい。
「早稲を知ってるか。」
「川下にある村だ。よそ者に厳しいらしい。」
「そうだ。三鶴に狙われている。」
嘘だ。いくら三鶴でも、あんな離れた村を狙わない。狙うなら、川田だ。
「そうか。で、どうする。」
「共に戦う村を探している。その矢、草谷のだろう。どうだ。」
「なにが。」
「三鶴を叩かないか。」
「長に言え。オレが決められることじゃない。」
あやしい。いや、おかしい。確かに草谷の矢だ。でも、よく見ないとわからない。さそいをかけている。
「そうか。で、どうする。」
「なにが。」
三鶴は強くなった。玉置にも勝てる、かもしれない。それでも叩くのか。早稲が?
「戦わないか、共に。」
「長に言え。オレは山で生きる。」
コイツは敵だ。谷を出るまで、まだ、かかる。遠回りになるが、段の滝を登ろう。