17-44 気を抜けない
ジロはオビスに美味しいものを、お腹イッパイ食べさせてくれた。恐ろしい姿をしているのにニッコリ笑って、優しく撫でてくれた。名を付けてくれた人。
何が何でも、どんな事をしても守り抜く。
山守も祝辺も鎮野に手を出す事はない。鎮森の隠からソウ聞いているが、いつ何が起きてもオカシクない。
祝辺の守にもオカシイのが居る。だから気を抜けない。
「他の守は知りませんが、他の民に手を出す事はありません。」
「他のって平良?」
「加えて鎮野、大泉。野呂と野比にも手を出せませんね。だから、そんな目で見ないでください。」
とつ守はオビスとジロに何があったのか、鎮森の隠や草木から聞いて知っている。とても懐いている事も、カヨに認められた事も知っている。
だから手を出さない、というより出せない。
「初めからじゃナイよね。オカシカッタのは、酷くなったのはイツ。どれくらい前なのかな。」
コテンと首を傾げ、とつ守を見つめる。
山守の民が男に手を出すようになったのは、山越に分社が建てられた頃。人の守が祝社に引き取られ、継ぐ子になるズッと前。
「とつ守?」
「山守の民は追い詰められると、鎮野へ向かいます。」
「それ、真なの。」
オビスの声がグッと低くなった。
鎮野には強い祝の力を生まれ持つ人が多い。
社の司には木の声が聞こえ、禰宜には風を操る力、祝には心の声が聞こえる。他にも守りや清め、先見の力を持つ人も。
そんな鎮野に来たのは、人とは違う『何か』を持つ人。御山の外から入って来た、犲を従える狩り人。オビスが守ると決めた人。
「鎮野は守られている。」
「今のアレに、崖を越える力は無い。」
ツルとヨキがオビスに微笑む。
「祝辺の民も祝辺の守も、祝社の継ぐ子も鎮野と大泉には近づきません。」
鎮森が怖くて、恐ろしいから。
ジロに仕えると決めた赤目の白い犲は、他の犲とは違う。己と同じ赤目で白い、隠の犲が見守っている事にも気付いている。
ジロはオビスと二匹が悪い『何か』から己を守ろうとしている事、隠の犲は他の人に姿を見せない事にも気付いている。
だから遠ざけない。
「そう。なら良いよ。」
山守の村を目指すのは、他から放り出された人たち。女や子、年老いた人を傷つけ甚振り、喜ぶようなヒトデナシばかり。
山守ではなく他の地へ行こうとしたり、山守から逃げようとしたら投げつける。カヨから分けてもらった呪いの種を。
赤目白毛の隠も動く。
崖を越える前に川に落とし、地涯滝へ流す。崖を越えたら風を纏い、ドンと体当たりして谷底へ蹴落とす。
「山守社の人には何もシナイけど、そのうち。」
オビスが呟く。
「そうですね。」
ツルが考え込んだ。
「そろそろ気付くのが出るでしょう。」
ヨキが言い切り、とつ守を見る。
「八に守らせます。」
そう言って微笑むと一礼し、森の中へ。




