17-31 妙だな
妙だな。鎮森にも熊は居るが、この辺りでは出ないと聞いたぞ。
土に光りが当たるように、風が流れるようにシッカリ手入れされている。だから隠れる場所が無い。
「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ。」
こりゃマズイ、過呼吸だ。袋ふくろ。
「怖いのは倒した。これを口に当てて、ゆっくり息をするんだ。」
ジロが幼子の口に皮袋を当て、優しく背中を摩る。初めは戸惑っていたが少しづつ肩の力が抜け、落ち着いてきた。
楽に息が出来るようになり、暫くすると安心したのだろう。ウツラウツラし始める。肩を抱くとジロの胸に頬を寄せ、スゥスゥと寝息を立てた。
起こさないようにユックリ寝かせ、仕留めた熊の血抜きと腸抜きを始める。近くに狩り人か樵が居れば子を任せられるが、そんな気配はシナイ。
だから急ぐ。
「ヨシ、こんなモンだろう。」
背負い籠に熊掌と、帰り道で仕留めた鳥と兎を入れている。助けた子を横抱きするので、二頭目の熊肉を持ち狩るのは難しい。
「荷車でも作るか。」
アンリエヌ製品のように、柔らかい車輪は作れない。けれど木を反らせて組み合わせれば、引っ張って歩くモノを作れるだろう。
「村に戻って説明して、直ぐに戻れば何とかなる。」
ような気がする。
スゴイ。あんなに大きな熊を、尖がった太い枝で倒すなんて! きっと群れの長だね。お願いすれば群れに入れてもらえるかな。
人じゃナイけど、そうだ。これからは人と、人の暮らすトコロで生きよう。
・・・・・・というコトなので、よろしくお願いします。
なんてネ。人に思いが、考えている事が伝わるワケないのに。良いんだ、それでも。
「あの狼。殺気とか悪意を感じないケド、ついて来られると面倒だな。」
今のトコロ一頭だけ。けれど、もし。
「『ついて来るな』と言って通じる相手じゃナイし。」
困った。
「まぁ追い追い考えるとして、今は。」
この子を親元へ。
早い。人なのに、どうして。
他の人とは違う何かを感じるケド、それが何なのか分からない。悪い感じはシナイから、きっと良い人なんだ。
わからないのは、もう一つ。
あの鳥、何だろう。ずっと見張られている。違う、見守っているんだ。あの人を。
「ん、何だ。」
ナタが居るのは分かるが、どうしてユタが。社の司と禰宜、畑人とかも居るな。
「アッ。」
この子の親かな?
「サイ!」
サイって名なのか、この子。
「生きてますよ。」
ニコリ。
熊に襲われそうになっていた子を見つけ、持っていた杭を投げて倒した。
怖かったんだろう。息を吸い過ぎて苦しそうだったので、皮袋を口に当てて落ち着かせた。落ち着いたらホッとしたのか、この通り。
という感じで話したのだが、どうやら刺激が強すぎたらしい。
『鎮野社で話が聞きたい』と言われ、獲物が入った籠をナタに渡す。それから狩り人に頼んだ。
『森に置いてきた熊肉を、幾人かで取りに行ってほしい』と。
「やっと帰れる。」
日が暮れる前に解放されたが、もうクッタクタ。




