17-30 そうだよな
ジロは思い出した。己が熊に襲われ、死にかけた時の事を。
怖かった。痛かった。苦しかった。誰でも良い、何でも良い。誰か助けて! そう願った事を。
「・・・・・・クゥ。」 ・・・・・・ハイ。
もう群れには戻れない。でもね、生きたい。死にたくない。だから、お願いします。助けてください。
群れから追い出された、この犲は体が弱かった。狩りも下手で怖がりで、いつもオドオドして嘆く。
どうして兎も狩れないんだろう。どうして胸がドキドキして、周りが見えなくなるんだろうと。
臆病なのは慎重だから。思い切りが悪いのは、それだけ多くの事を考えているから。
群れに一頭くらい、そんな個体が居ても良い。けれど限度がある。狩りが下手なうえ度を越していれば、どうしようもない。
「そうだよな。」
涙を浮かべる犲の目に、強い『何か』を感じる。
「野生動物に餌付けしちゃイケナイんだけど、仕方ないよね。」
そう言って犲の鼻先に、そっと熊の腸を置く。
「お食べ。」
クンクン。
「クゥン。」 イタダキマス。
フラフラしながら起き上がった犲が、ゆっくりと臓物に食らい付く。それから一心不乱にムシャムシャと平らげ、鼻先をペロリと舐めた。
「これも食べるか?」
そう言って熊の頭蓋を出す。
「クゥ。」 ハイッ。
熊の舌やら脳髄やらをムシャムシャと、それはそれは美味しそうに食べる犲を見て思った。『こりゃ足りないな』と。
熊は全身を食用に出来る。
肉が少量でも旨味が強く、汁物には脂身のある部位のほうが良いスープが出る。掌には特に豊富なコラーゲンが含まれ、美容効果も高い。
「他にも置いて行くか。」
愛妻のために狩った熊だが、掌を持ち帰れば十分。帰り道で鳥を落とせば、きっと喜ばれる。
「強く生きろよ。」
エッ、もう行くの? まだ残っているのに。どうしよう。追いかけなきゃイケナイのに、モグモグが止らない。
食べ物は食べられる時に食べなければ、食べられなくなるんだ。それにね。美味しく食べなきゃ、お肉に。じゃなくて、この熊に悪いもん。
骨についた肉もシッカリ、残さず美味しくイタダキマス。
モグモグごっくん、モグモグモグ。
「大猟、大猟。」
鳥、二羽。罠に掛かった野兎、五匹。
「これだけ狩れば、うん。」
鎮野にも狩り人は居るが、鎮森の奥には入らない。それでも猪や鹿は狩れる。木の実やキノコを採る時は、その護衛を担当。
先見さまの言い付けを守るので、村の誰かが命を落とす事は無い。それでもヒヤリとする事はある。
イザとなったら禰宜が風を操るが、すぐ目の前に熊が現れれば誰だって驚く。
「うわぁぁ。」
泣きながら駆ける幼子の、すぐ後ろに熊が迫っている。
「ギャッ。」
木の根に躓き、派手に転ぶ。と同時にジロが熊殺しの杭をブンと投げ、熊の首を貫いた。




