17-3 やっと死ねる
旧王城地下、化け王城からの配給品を保管する倉庫に逃げ込んだ新たな一族は後悔する。
新種の繁殖実験が始まる前、宰相の忠告に従えば良かった。離宮地下で暮らす同族が遺憾の意を表明した時、再考すれば良かった。
『今ならまだ間に合う』と、『アンリエヌの民に戻れる』と言った宰相の言葉を、その意味を考えていれば違っていたと。
「臭い。」
飢えに苦しんだ新たな一族は、同族の死肉を食らった。初めは、そのまま。腐敗が進むと切り取って焼いたり、適当な大きさに切って煮るようになる。
新たな一族も人類同様、体重の60~70%は水分。煮ればブクブクと濁った泡が出て、ほんの少ししか食べられない。
因みに掬っても掬っても出る泡は皮下・筋肉・内臓などに貯蔵される不揮発性のあぶら。脂肪だ。
「不味い。」
雑食動物は人家の近くに住む雀や烏、汚れた池や川でも良く育つ鯉や鮒など、人間の手が加わった環境に多い。
様様な食物を摂取可能だが、あらゆる環境に馴染めるワケではなく、その食性も季節や場所によって偏る。
秋の田で稲の籾を食害する雀は、春から秋の繁殖期には昆虫を多く食べる。
山地では植物の根や果実、昆虫の蛹に蛙、蚯蚓まで食べる猪は、農耕地周辺では作物への依存度を強める。
雀は古くから焼き鳥として賞味され、鯉は白身で味が良い。猪は豚の原種で、その肉は山鯨・牡丹と称される。
けれど基本的に、雑食動物の肉は不味い。
「文句を言うなら」
「食う!」
共食いすれば目が異様に輝く。遠慮できる状態でも無いので、其処彼処で取り合いが始まる。
痩せ細る前に、と考える輩もチラホラ。
親は子に食べさせるので、順番通りに死ぬ。残された子は心が弱り、飢えた同族に狙われる。次に狙われるのは女。
口は達者だが、腕力では男に敵わない。
「どうして。」
共食いしても理性を保ち、苦しむ者が呟く。
遣り直せるなら遣り直したい。戻れるなら戻りたい。
そうすれば、こんな思いをせずに生きられた。不満を抱きながらも笑っていられたのに。
地上に出られなくても職業を選べなくても、高い教育は受けられた。飢えや渇きに苦しむ事も無かったし、子を一人だけ持つ事を許された。
「あぁ、そうか。」
それらは贖罪でも不自由の代償でもない。
新たな一族はアンリエヌの民として、化け王に保護されていたのだ。
国家試験に合格すれば離宮地下二階、化け王の才で隔離された寮つきの部署に配属される。生きて旧王城地下へ戻る事は出来ないが、手紙の遣り取りは出来た。
「ふっ。」
倉庫の外から壁を叩いているのだろう。ズン、ズンと鈍い音が響く。きっと、そう長く持たない。
ドン、ドン、ボコッ。バラバラバラァァ。
「ウッ。」
グワンと頭が後ろに下がり、血潮で彩られた天井を見た。倉庫の壁が壊され、風の流れが変わる。
「あぁ。」
やっと死ねる。




