16-79 叱られる前に
鎮野の社の司には木の声が聞こえ、禰宜には風を操る力がある。二人を動かしたのは強い先見の力を生まれ持ち、鎮野社に守られている娘だろう。
あの隠が狙うのは山守の民。その隠を八から守ろうとしたのは人だが、あの力。どう考えても人のモノとは思えない。けれど守った。
となると鎮野の誰かが望んだか、これから望まれるか。
何れにせよ手を出せば切り刻まれ、暫く動けなくなる。鎮野を怒らせるとコワイからな。
八も気付いたのか、気を失ったのか大人しくしている。
「せっかく外に出たんだ。残り、頼むよ。」
薪割りは重労働。けれど『非力な隠なので』とか、『白魚のような指が』なんて言いたくても言えない。
「はい。お任せください。」
寒いのは嫌なので、手が震えても遣り遂げます。
とつ守が八を見つけ、担いで戻ったのは夜。他の守なら十中八九、谷底に落とされている。そんな時間だ。
「ありがとう、ズビッ。ございますぅ。」
八が鼻を啜りながら、とつ守に感謝する。
「八。」
「ヒャイ。」
「喰隠へ」
「いぃやぁぁぁ。」
頭をブンブン振りながら髪を毟り、転がるように駆けだした。
「待て。」
それを止めたのは睢。
「ドコへ行く。」
薪割りに精を出し、キレイに積んで戻った隠の守はフラフラだった。
「目まで疲れさせる気か。」
気分が高揚しているのか、それとも力が漲っているのか。睢の目がギンキンに冴えている。
睢は三十六代、八は十三代。同じ祝辺の守だが二十三代も離れている。なのに、そんな隠を見る目ではない。
「ヒィィィ。」
全身が痙攣し、四肢を突っ張らせている。意識はあるようだが、これは長引く。
「喜べ、運んでやる。」
八の襟元をグイッと掴み、睢が冷たく微笑む。
いつもナヨナヨとしている睢が、ドスの利いた声を出したのは久しぶり。八が目で『止めて』と訴えるも、止められる隠は居ない。
このままズルズル引き摺られ、祝辺の獄に放り込まれるだろう。
「こっ、こわい。」
ふたつ守が怯える。
「叱られる前に戻ろう。」
みつ守が震える。
「そう為さい。」
「ヒッ、よつ守。」
ふたつ守とみつ守が背筋をピィンと伸ばし、ニコッと笑う。
急に好い子になった理由は一つ。よつ守は物静かだが、怒らせると怖いから。
「おやすみなさい。」
「また明日。」
ペコリッ。
トタトタ駆けて自室へ戻る二隠。その後ろ姿を見送った人の守が、睢に引き摺られる八を睨みつけた。
「たすけ」
「断る。」




