16-78 何の事でしょう
地割崖の前で別れを告げ、鎮野へ向かうジロを見送ったオビスは山守を目指す。
「ふぅ。」
八め、まだ凝りぬとは。
「アレが欠けて困る事は無い。」
うんうん。
祝辺の外れ、鎮森の際に建つ祝社。その近くでカンカンと雑木を切り割り、乾かすために並べる隠がいた。
とつ守である。
草木の声が聞こえる隠は、身近に緑があれば安定する。よって精神操作系の力は効かない。
つまり、八の天敵。
「とつ守、宜しいのですか。」
重ねた布で頭から頬まで覆い隠し、木漏れ日を避けるように近づいた隠が問う。
「睢、珍しいな。どうした。」
睢は三十六代、祝辺の守。力を込めた紙を三つ折り、飛ばす事で遠くを見る力を生まれ持つ。
出掛けなくても見たいモノを見られるので、基本的に祝社から出ない。
長年、室内で過ごしてきた反動か。日光に強い反応を示すようになった。とはいえ森の中や曇天なら、その挙動を不審に思われるダケで済む。
「八が許し無く、また。」
人ではなく隠、それもバケモノに手を出したのでしょう。フッ、転がってマス。
「そうだな。」
バケモノに手を出すとは。にしても、そのバケモノを救ったのが人。それも強い何かを持っていたトカ何とか。
「アッ。」
切られた。
「何だ、まだ追っていたのか。」
「はい。けれど、もう追えません。」
何も言わずに飛び出した八が幾日も戻らない。なんて事、珍しくも何ともナイ。けれど気になって紙を折り、思い切り遠くへ飛ばした。
アレを見た時は驚いたよ。
クルンと曲がった角に鋭い牙、赤い顔に白い髪。ギラついた目。生きた人を襲い、甚振りながら食らったのだろう。ソウでなければアァはナラナイ。
オッと今は、それよりも。
「鎮野、鎮野が動き出しました。急いで向かいましょう。あの力、強い力を奪われる前に。」
何を言っている。確かに強い何かを感じるが、人にも隠にも扱えぬモノだ。奪う、奪われるという話では無い。
なのに揃いも揃って、あぁ情けない。
「ヒッ、何を。」
頬被りを枝に取られ、大慌て。
「睢、良く聞け。」
「聞きますから返して! 目が、肌が焼ける。焼けてしまうぅぅ。」
男でも隠でも、白く美しい肌を守りたいんです。違う、そうじゃない。いや違わないケド、嫌なモノは嫌。
「見た事、全て」
「忘れます。忘れますから、お願いしますぅぅ。」
ガタガタ、うるうる。
とつ守が手を伸ばすと、枝がスッと下がって布を落とす。それを受け取り、睢の頭に乗せた。数秒後、真っ青を通り越して真っ白だった頬に赤みが戻る。
「紙を切ったのは」
「何の事でしょう。」
キリリ。
「それで良い。」




