16-76 怖いよね
山守と山越の民を消す?
いや待て待て。山守の民は知らん。けれど山越の民はオビスが言うほど、悪いヤツとは思えない。
山越の民は山守の民に迷惑していたし、山守から逃げてきた民を受け入れていた。それが悪さしてチョン切ったぞ。
他のも同じようにすると、村長が言っていた。
「あのな、オビス。」
「うん。」
「山守の民は、その何だ。会ったよ。他の人は知らないが何となく、目が怖かった。」
オビスも山守の民。傷つけないよう言葉を選び、伝えたツモリだがドウだろう。
「うん、怖いよね。」
ニコリ。
山守は祝辺から食べる物や着る物、生きるのに要る物を譲ってもらっている。なのに飢え、殺されるのは分けないから。
長や頭が取り込むから。
この体、長の倅のだったんだよ。なのにガリガリで腹が膨れてさ。おじさん、知ってる? 酷く飢えると腹だけポッコリ出るんだ。
足もね、膨れるんだよ。
「そうなのか。」
「そのうち動けなくなって、死ぬんだよ。」
知らなかった。乱雲山は閉ざされていたけど豊かで暮らし易くて、飢えて死んだり凍えて死ぬ子なんて一人も居なかった。
アンリエヌだって同じさ。ビックリするホド豊かで皆、幸せそうに笑っていた。
・・・・・・オビスの腹は、今は出てイナイ。
けど前は、死ぬ前はポッコリ出ていたんだね。足も膨れて歩けなくて、親に引き摺られて差し出されたんだ。神に。
「死んだ子の骸に隠が入って、それでオビスになったんだ。おじさんに名をつけてもらう前は名無しで、もう何が何だか分からなくて。それで、それで。」
キュッと握った手の甲に、涙がポタポタ落ちる。
腹腔内に異常な体液が貯留したモノを腹水といい、その状態を腹水症という。
腹水症では数リットルの液体が腹腔内に溜まる事も少なくない。
腹水症は主として肝硬変・門脈血栓・腹膜炎、腹膜の腫瘍などの際に起こるが心臓疾患・腎臓疾患の経過中にも見られる。
つまり、非常に危険な状態と言えよう。
「長の倅は生まれて直ぐ、母さんに死なれてね。新しい母さんには子が、同じくらいの子が居たんだ。嬰児の時から腹を空かせていて、泣いても泣いても乳が貰えず泣かなくなった。」
その後もポコポコ弟妹が生まれ、ずっと『アレ』と呼ばれて死んだ。だからジロにオビスと名付けられた時、満足してスッと姿を消す。
だから皆で話し合い、決めた。これからはオビスとして生きよう。
嬉しそうに笑って根の国へ行ったオビスに、また会った時に伝えるんだ。『悪いヤツは、もう居ないよ』って。胸を張って伝えるんだ、と。
「山守の民は悪いんだ。他の里とか村から子を攫って、攫った子を死ぬまで扱き使う。食べ物も少ししか貰えないし、フラフラになっても休ませてもらえない。死ななきゃ幸せになれないんだ。」
骸に飛び込んだのは、そうして殺された幼子の隠。死んでも幸せになれなかった隠。
「生まれ育った地へは、もう。」
戻れないのかい?
「・・・・・・うん。」
山守の民を憎んで死んだ。だから山守の地と、山守の民が居る地にしか行けない。
戻りたくても戻れない。




