16-64 傷む前に
先ず小熊。
頭が完全に潰れていたので、持っていた短剣で首を落とした。丁度イイ感じに折れた枝があったので、後ろ足を縛って引っ掛けた。
次に母熊。
コチラも潰れていたが、首を落とすのは難しい。だから首の横をザックリと、体重を掛けて切った。
それから大木の太い枝に逆さに吊るし、幹に縄をグルグル巻いて結んだ。
「おぉい。」
遠くから男の声が聞こえる。
「聞こえたら応えろぉ。」
兄弟の親か、同じ村に住む狩り人か。
「父さん?」
お兄チャンが呟く。
「ワンッ。ワオォン。」 ミツケタ。イマシタァァ。
サッと飛び出した犬が兄弟に近づき、クンクンしてから吠える。
「狩頭の犬だ。」
弟クンに撫でられ、スッと目を細めた。
「クゥン。」 ミツカッテヨカッタ。
良かった。この子たちの親が狩り人に頼んで、探しに来たんだろう。犬が吠えて知らせたから、そろそろ来るかな。
そうだ! 親熊と小熊を譲ろう。ココから鎮野は遠い。熊を抱えて行けないし、傷む前に食べなければ腐ってしまう。
うんうん、そうしよう。
「父さぁん。」
弟クンが駆け寄り、抱きつく。
「ごめんなさいぃぃ。」
謝りながら大泣き。
山越は山守の北、平たい地の少ない山。山守から移り住む人が多いが、祝辺が支えるのは山守だけ。
山守の民は食べ物や着る物など、要る物を貰うのが当たり前だと思っている。
だから考えもしない。己らが他の地に望まれず、外れに追いやられる事を。
「痩せ細り弱った母に、お腹いっぱい食べてもらおうと森へ。」
兄弟がコクンと頷く。
「山越の長や頭が何を言っても聞かず、食べ物が足りないなら生贄を出せ。山越神に巫を捧げろと騒ぐのです。」
山越に在るのは山守神の分社。つまり、山越神など御坐さない。
そもそも山越は山守神の使い烏、山越烏の生息地。
烏は利口な鳥で人間の居住地域の近くに生息する。なので、鳥類の中で特に人間との係わりが深い。
そんな烏に毛嫌いされる山守の民が山越で、いや他の地でも上手く馴染めるだろうか。
「生まれた嬰児を奪い、返してほしければ死ぬまで養え。若い女を差し出せと言うのです。」
何だそりゃ。
「山守では暮らせないから逃げてきた。山越で暮らしたい。そう言って助けを求めたのに山越でも、死ぬまで山守の民として生きると。」
何を言っているのか解らない。
「トモが生きていたら、きっと。」
トモは死んだ山越分社の巫。分社を守るが祝の力は無く、口寄せ専門。
マツとトミの末子で腹違いの姉、リツを見下しながらも、その全てに嫉妬。
己が秀でていると思い込み、周りを巻き込み従わせようとするのを多鹿のカヨに見抜かれ、山守と山越の民を根絶やしにする計画に利用された。
『神から崖に分社を建てるよう、御告げがあった』と村長に宣言し、巫となった哀れな娘である。




