16-58 お元気で
アンリエヌに居た時から気になっていたのは良山。けれど話を聞くうちに、良山で暮らすのは難しいと思った。
良山は、霧雲山から遠く離れている。
「分かった。では、目隠しを。」
瞼を閉じ、白い絹のスカーフを当てて素早く、キュッと頭の後ろで結んだ。
「お願いします。」
「では、行こう。」
ブランは少なく見積もって、千年以上生きる魔物である。その翼は強く、美しい。
けれどフワリフワリと上下に動く度、落っことされたらドウしようとヒヤヒヤした。
目隠しされていなければ、きっと大騒ぎしていただろう。空の旅を楽しむドコロではない。
『目隠しを』と言われて、少しガッカリした。けれど今は良かったと思う。
「もう良いぞ。」
足が地について直ぐ、声を掛けられた。
「わぁ、森だ。」
ジロに見えるのは、姿を見せている隠。
木の後ろや枝の上で息を潜め、こちらを窺う全てが見えない。
「このまま真っ直ぐ進め。そうすれば昼前に森を抜け、鎮野に出る。」
「はい、ブランさま。ありがとうございます。」
「ジロ、元気でな。」
「はい。ブランさまも、お元気で。」
また熊に出くわしても、死にかけても会えない。
けれどソレは己で選んだ事。これから何が起こるのか、どれだけ生きられるのか分からない。それを嘆いても、何も変わらない。
もう戻れない。だから諦めず、生きる。天寿を全うするまで生き、隠になるんだ。そうなれば会える。
乱雲山で別れた家族、和みの皆に。
「うん。」
居る。
「間違いない。」
見張られている。
鎮森の民は、その多くが山守を憎んで闇堕ちした隠。生まれ育った地に戻りたくても、戻ることが出来ない隠。
はじめは祝社を頼ったが、人の守も隠の守も力になってくれない。
とつ守だけは違った。けれど、どうにもナラナイと判る。
山守に囚われた隠は、国つ神が御力を揮われても鎮森から出られないのだ。
「この感じ。」
「あぁ。」
鎮野には光の剣を生まれ持つ祝女と、光の珠を生まれ持つ祝人が居る。その二人が契り、ポコポコ子が生まれた。
なのに育たず、死んでしまう。
一人だけ育った弱弱しく、危なっかしい。だから見守る事にした。その日まで。
ユタの中に眠る力は、子や孫に受け継がれる。それまで待てば良いダケの事。
「エンさま。」
「化け王。」
「それに。」
祝の力とは違う、恐ろしく強くて清らな力。生きている間に表に出る事は無いだろう。けれどユタと同じで、その子や孫に受け継がれる。
きっと天つ神の御力だ。
天つ国の品が、天つ神の思し召しで中つ国に齎される事がある。
選ばれるのは動物で、人である事が多い。




