16-52 見ていられない
剛は地割崖の管理を担当する隠。
十二になる前の夜、山守に攫われた後に觸に攫われ、持って生まれた重力操作能力を失った。
跳は間諜として、内側を飛び回る隠。
十二になって直ぐ、山守に攫われた後に觸に攫われ、持って生まれた高速再生能力を失った。
「まぁ、もうさ。」
「あぁ、解っている。」
剛も跳も十二になってから死んだので、霧雲山からは出られないが鎮森から出る事は出来る。だから、まだ良い。
幼子は鎮森から出られず、声を殺して泣く。
親や兄弟、姉妹の顔を地に描くが、思うように描けなくて。思い出そうとしてもボンヤリして、声も思い出せない。
会いに行きたくても、消えてしまいたくても、その願いが叶う事はナイ。
「地割崖に腰掛けて、子らが泣くんだ。『帰りたい』って呟いて、俯いたまま。」
己に力が有ればと幾度、思ったか。
「あの子らの楽しみ、守ろうぜ。」
「そう、だな。」
山守社の北に住みついた呪い種は、山守と山越の民を根絶やしにしようとしている。それを見守る隠の守、とつ守は觸を喰隠に放り込もうとした。
それを止めたのは、ここのつ守。
「夕餉だ。」
冷たい目で一言。それから屈み、冷えた粥が入った椀を差し入れた。
「ヒッ。」
とつ守を避ける守は多いが、ここまで分かり易く怯える守は少ない。
「残すなよ。」
腹下し? 入れてません。今回は。
隠は妖怪と違って闇堕ちシナイ。と言われているが稀に魂が砕け、集まって蠢く事がある。
赤黒い何かをドクドク流しながら。
救いを求めて悶え苦しむが、その願いが叶う事は無い。
隠は死んでいる。血も肉もあるが人ではなく、いつまでも変わる事なく生きるのが隠の守。逃げたくても逃げられない。
「あっ、あっ、あの。」
ガタガタ、ガタガタガタ。
「何だ。」
「おっ、お許しくだっ。」
とつ守に睨まれ、動けなくなる。
「その願い、叶えたのか。」
觸の愚かな思いつきで、祝の力を生まれ持つ多くの子が死んだ。
ある子はパンパンに膨れ、パンと弾けた。ある子は真っ黒になり、ドロドロに融けた。ある子は体の中から出た光の棘に貫かれ、バラバラになった。
觸に殺された子は言った。『助けて』『許して』と声を震わせ、泣きながら繰り返し。なのに觸は鼻で笑い、弱い人を守るために揮う祝の力で殺した。
己の考えが正しいと、他の隠に認めさせようとして。
「ヒッヒッ、ヒィィ。」
とつ守に有るのは、木の声を聞く力。目の前の隠を痛めつけ、苦しめる力は無い。無いが、睨む事は出来る。
「叫ぶな。あぁ、盆に当たった。」
盆に乗っていた椀が倒れ、粥がドロリと広がる。
「ヒャァァ。」
觸が四つん這いになり、舌を出し食べ始めた。ビチャビチャ音を立てながら。
こぼれたのは盆の上。獄の床ではないので、糞尿と混ざる事はない。それでも、見ていられない。




