16-4 守り抜く
ジロは知らない。己が雲井の三妖怪、鼠神の使い隠、アンリエヌのブランにも見張られている事を。
「何を決めた。」
父に問われ、目を輝かせる。
「父さん、夜が明けたら釜戸山へ行くんだろう?」
「そうだ。」
「連れてって。」
「断る。」
「ついて行くよ。」
ジロはツウに良く似ている。その体には弱いが、祝の力があるのだろう。見えないが微かに、隠の声が聞こえるらしい。
「雲井神の御許しが無ければ、御山の外には出られない。幾度も伝えただろう。」
「でも父さん、いろんな道を知ってるじゃないか。」
「だから何だ。」
「そこから逃がしてよ。」
「逃がす?」
ジロは己が、己らが御山に守られている事を知らない。知ろうともシナイ。
霧雲山の統べる地は祝辺の守によって、他から閉ざされている。
出入りを許されているのは、それを認められた人。国つ神の使わしめから、見える目が無ければ見えない何かを持たされた人。
もし何も持たずに出れば、どんな事があっても生きて戻れない。隠になれば戻れるが、戻るまで苦しむ事になる。囚われ、裁きを受けるから。
伝えたのに、くりかえし伝えたのに。
「ジロ。乱雲山はな、他の山とは違うんだ。この山で生まれ育ったから、守られているから何も知らない。外には諍い、争い、戦がある。戦に巻き込まれれば死ぬ。」
パァっ。
「目を輝かせるな! 戦は殺し合いだ。」
「でも、守られているんでしょう。」
「エッ。」
コウとツウ、ミツとゴロの目も点になる。
四人の目にはジロが、何か他の生き物のように映った。どう考えてもオカシイ。
「兄さん、何を言っているの。」
「『何を』って。この山で生まれ育てば守られるって、そう父さんが言ったじゃないか。」
御山から『出たい』ではなく、抜け道から『逃がして』と言った。なのに守られ続けると、そう考えているのか。
「あっ。」
「見えたのか、ミツ。」
「どうしよう、ゴロ。・・・・・・言えない。」
ミツはジロが、兄が見つけた熊に矢を放つのを見た。その矢がポヨンと弾かれ、後ろ足で立った熊に驚き、腰を抜かす姿も見た。
そのまま襲われ、目から光が消えてゆくのも見た。
父は耐えるだろう。けれど母が聞けば、きっと気を失う。
兄を縄で縛って、柱に括りつけて閉じ込める。それを切って飛び出し、足を滑らせて崖から落ちて死ぬ。骸に悪い隠が入って、この村を焼こうとする。
それを止めるのは父さんで、焼くのは祝。
「怖い。」
涙を浮かべ、怯えるミツをコウが抱きしめる。
「父さんが守る。母さんもミツもゴロも、ジロも村の皆も守り抜く。」
背を優しくポンポンされ、ミツがワンワン泣き出した。




