15-52 動くと消えるよ
霧雲山の守りが固いのは、御山の力を集めたから。山守の頂を守る祝辺の守が、その力を強めているから。
乱雲山が強いのは、雲井の祝が隠になっても力を揮うから。祝辺の守と違って姿を見せないのは、隠の世から人の世を守っているから。
「ウッ。」
何だ、この山は。息が、胸が潰れる。
「気を抜くな。スッと清められ、丸ごとアチラに引き摺り込まれるぞ。」
この先にココが居る。御山の頂に湖があって、その周りに村がある。その一つが和み。
強い力を持っていた狩り人の孫が、生まれ育った村から逃げた娘と釜戸山を目指した。それから乱雲山に入り、同じような子と村を作ったとか何とか。
「見ない顔ですね。」
御山の中腹、生きているような霧の奥から声がした。
「この道を通るのは生き物だけ。」
人なのに、人とは違う何かを纏っている。
「待てコウ! 番えた矢を戻せ。」
「はい、ゴロゴロさま。」
弓に番えたのは、隠の動きを止めて捕らえるための矢。どんなに皮が厚くても、どんなに太くて硬い毛で覆われていても射抜く。
コウは伝説の狩り人、ジロから秘法を伝授された孫息子。移動することなく俯瞰できる宝の力が表に出たと同時に、見えないモノを見る目を得た。
年を重ねる事で生物や静物の弱点も見抜けるようになり、たった一本の矢で熊を射殺せる狩り人でもある。
「大蛇神の使い秋津、黒黄と申します。」
そう言ってポンと、元の姿に戻った。
「蛇でも鼠でも、狐でもなく。」
「はい。」
濃緑色の複眼がキラリ。
黒黄はオニヤンマの隠。
たまに人の姿に化けて務めを果たすが、それは隠の世での事。人の世には出ない。そんな秋津がナゼ人の世、乱雲山に居るのか。
「こちらを。」
ドコから出したのか、和山社の札を示す。
「真ですね。」
コンが言うのだ、間違いナイ。
チュウは牙滝神の使わしめ。悪鬼と嫌呂は長期出張から戻ったバカリ。
数は多いのに深刻な使い蛇不足。残るは黒黄、ただ一隠。
「ゴロゴロさま。この先へ行かせるなら、軽く清めてから。胸にドス黒い闇が広がっています。」
な、にを言う。
「そうか。分かった、そうしよう。」
と言って、ゴロゴロがシャキンと爪を出した。
「ヒッ。」
黒黄が短い悲鳴を上げ、目を回す。
サミは長年、妹のココを探していた。なのに見つからず、その胸に闇が広がる。気付いたのは黒黄だけ。
「コウよ、頼めるか。」
「はい、ゴロゴロさま。」
弓に違う矢を番え、スゥっと引っ張る。
サミは咄嗟に逃げようとした。けれど枝の上からキラ、背後にはコンが控えている。雲井の三妖怪、揃い踏み。
「動くと消えるよ。」