15-50 戻ろうと思えば
大蛇はコッコから聞いた話を思い出していた。早稲神の使わしめ実が、狐の会でコッソリ聞かせてくれたという話を。
「耶万に滅ぼされた国の生き残りが、他と分けられていた奴婢を連れ出した。その中に居た鎮の西国の子が、中の東国で暮らしている。」
大蛇が切り出す。
「戻ろうと思えば戻れたろうに。」
猫神が呟き、御目を伏せられた。
「助かったのは儺国王の娘、珂国の長の娘、対国の兵頭の倅。他は・・・・・・根の国へ。」
そう仰り、夜叉神が小さく溜息を吐き為さる。
早稲の外れで見つかった子は、ギリギリのところで助かった。発見が少し遅れていたら、きっとグチャグチャに壊されていただろう。
攫ったのは早稲が変わった事を知らなかった。
もし見つかっても幾人か譲れば、何か渡せば見逃される。そう思ったから舟寄せ近くに隠し、離れたのだ。
取られる事はナイと考えて。
「その子ら、もう。」
「いいえ、猫神。子らを引き取ったのは霧雲山の統べる地。」
「となると釜戸山、日吉山、乱雲山か。」
三人は乱雲山、雲井社が取り仕切る子の家で育った。その後、和み村に移る。
和み村はコウとツウが子の家の皆と力を合わせ、一から作った村。皆、若いがシッカリ者だ。
乱雲山にある村は何れも、雲井湖に面している。湖をグルリを回れば足を滑らせる事なく行き来できるので、何か起きても慌てず焦らず助け合う。
老いてもイキイキしているのは、御山に守られていると知っているから。
「乱雲山なら、確かめたくても確かめられない。」
雲井社の禰宜は、とっても強いからネ。
「雲井神の使わしめ、ゴロゴロも猫。」
大蛇の目がキラリと光った。
「ソッ、れはソウですが。」
猫神、タジタジ。
雲井神の使わしめゴロゴロ、渦風神の使わしめ流も猫又だが、猫の集まりでは毛繕いするダケ。
壁に耳あり障子に目あり。猫の集まりでも気を抜けない。
「乱雲山に居るなら、祝辺の守でも手を出せません。大蛇神の御考えは。」
夜叉神、ニッコリ。
「ウム。」
大蛇神の愛し子、マルは良山から出ない。けれどソレは人の世の話。
大実社から隠の世に入り、アチコチ出掛けるので雲井の禰宜とも顔馴染。
「空霧には人の世から、儺国王だった男が移り住んだと聞く。名はサミ。今も耶万に攫われ、死んだ妹を探しているとか。」
はじまりの隠神だもの。いろんな情報、持ってマス。
「はい、その通りで御座います。」
夜叉神、クワッ。その直ぐ後、静かに仰る。
サミは妹、ココが生きている事を知らない。子の家で出会ったノブと契り、親になった事。愛し愛され、幸せに暮らしている事も知らない。
「伝えれば、きっと会いたいと言うだろう。けれどサミは隠。見る目を持たぬ人には、兄妹でも分らぬだろう。」
・・・・・・。
「それでも、遠くからでも姿を見せれば変わると思う。」
大蛇がシュルリと舌を出し、引っ込めた。