15-35 黒歴史なんて気にしない
竹筒に清め水を注ぎ、愛用の平包を開くと真ん中に荷を置く。竹で編んだ懸子も入れ、クルンと包んで斜め背に乗せた。
「稻羽よ。」
「大国主神、お待たせしました。出来立てホヤホヤです。どうぞ、お召し上がりください。」
ちゃんと用意してますヨ。
「ありがとう。」
出雲名物『神在団子』、神神にも大好評。
稻羽が向かうのは木俣社でも因幡でもなく隠の世、和山社に御坐す大蛇神の御元。
はじまりの隠神で在らせられる大蛇神は良山、良村の大蛇社に御坐す事が多い。
二社は繋がっているので使わしめは皆、良山ではなく和山へ向かう。
「さて、行くか。」
モフンッ。
良山は恐ろしい山だ。アチコチに忍びでも後退りするような罠がワンサと、ドッサリ仕掛けられているのだから。
タダの罠だと侮る勿れ。耶万の夢や松毒が無害に思えるような猛毒が贅沢に、タップリと、ふんだんに用いられている。
即効性のソレは掠り傷でも致命傷になる劇物。命が幾つあっても足りない。
「人の世、出雲より参りました。」
人の世から隠の世に入り、身分証を提示。
「生まれと後見を、どうぞ。」
保ち隠に問われ、ニコリ。
「生まれは隠の世、因幡。後見は八上比売、大国主神の二柱。こちら、証で御座います。」
首飾りを示すと、受付隠が目を剥く。
「どうぞ、お通りください。」
ペコリ。
稻羽は隠の世、因幡山に御坐す治めの隠神で在らせられる兎神の倅。
ヤンチャな末っ子はイロイロやからし、全国区になった。そう、『因幡の白兎』とは稻羽の事である。
それダケではない。
稻羽は蒜山に御坐す治めの隠神で、蛇神の次に隠神に御なり遊ばした鯉神にも可愛がられて育った御坊ちゃま。現職は大国主神の使わしめ。
黒歴史なんて気にしない、気にしてイラレナイ大物である。
「おぉ、稻羽。健やかそうで何よりだ。」
「ありがとうございます。鯉神、こちらを。」
スッと差し出した懸子には、稻羽が心を込めて作った焼麩が入っていた。
「これは良いものを。ありがとう、稻羽。」
鯉は雑食性。何でも美味しく召し上がるが、生麩を焼いて乾燥させた焼麩がダイスキ。
チョッピリ湿らせると、もう止まらない。アッと言う間に平らげてしまう。
「隠から妖怪が人の世に留まり、国守になるのだ。鬼が国つ神になっても良かろう。」
貰った団子を持ち帰り、愛し子に食べさせる気マンマン。そんな大蛇神にも気になる事が。
「海の中で死に、隠から鬼へ。」
蜷局を巻いたまま深く、考え込み為さる。
「強い思いを抱いた隠が、隠から妖怪になる。という話は良く聞くが。」
狗神がポツリ。
「祝辺の守と同じ、という事でしょうか。」
烏神も首を傾げ為さった。
「人だった時から強く、強く求められていたのでしょう。望まれて現れ出るのが神ですから。」
鼠神がサラリ。