15-16 笑えませんね
琅邪大王、社の司でもある儺升粒も人だった。
大王の倅だ。イヤな事、裏も表も知り尽くしている。
社の司は人の長。今は琅邪の大王だが、そのうち誰かに。
それまでは力いっぱい務めるさ。
次を誰にするか、まだ決めてイナイ。
育った倅は一人、娘は二人。あの三人に大王が務まるとは思えない。なのに臣が三つに分かれ、隠れてコソコソ言っている。
「困ったモノだ。」
琅邪は大きくなったが、儺国の一つに過ぎない。琅邪が表に出る事は、これからも無いだろう。
「・・・・・・潰すか。」
物騒な事を考え、ハッとする。
「ハハッ。」
己が鬼に近づいている、という事なのだろう。考えが人から、少しづつ離れているような気がした。
「生きるさ。」
思えば、あの時。
ボロボロになって泣くしか無かった己に救いの手を差し伸べ、力を貸してくれたのは卑呼と蔑まれる姉弟だった。
父である王も、その臣も知らんぷり。
いや遠巻きに見るダケで黙って。というより、そうだな。堕ちるトコロまで堕ちるのを待っていたように思う。
誰だって闇の中、光の筋が見えれば掴もうとする。
それまで待てば己に、己らに使い易いモノが手に入るのだ。幾らでも待つだろうよ。
「おや、またですか。」
いつかは隠の世か、根の国へ行くカモしれない。けれどソレまでは琅邪で、この地で生きると決めた。
なのに次から次に、取り込み易いと思われる己に群がる。
「火に飛び込む虫ですね。」
松明の光に引き寄せられ、焼かれる蛾は何を思うのか。サッパリ分からない。
冷たい夜に怯え、温かい光に身を焦がす。ソレが死ぬ事だとしても、飛び込まずにイラレナイのだしたら。
「笑えませんね。」
静かに立ち上がった儺升粒の目に、うっすら涙が浮かんでいた。
「琅邪大王。儺を守るため、その力。」
儺の臣の倅、四彦だったか。兄たちの出来が良いから狩り人、いや樵になるとか何とか言っていたような。
「この力が何なのか、どのようなモノなのか知っていると?」
「はい。その力は弱くなってしまった儺を強く、豊かにするモノです。琅邪は儺国の一つ。その王が儺のため、儺の民のために働くのは当たり前。」
何を言い出すかと思えば。
「親漢儺王の力、我らに示してください。」
は?
「漢から引き出せるだけ引き出し、仕掛けるのです。」
「断る。」
「しかっ・・・・・・な、にを。」
儺からの使者がイキナリ胸を押さえ、苦しみだした。
「儺升粒。」
「ハッ。」
社から出ない琅邪女王が現れた。その傍らに王弟、その後ろに夛芸が控えている。
「儺は琅邪に仕掛け、潰そうと考えた。」
夛芸の帰りが遅かったのは、森の中で兵を見つけたから。
ソレらを殺さず締め上げ、吊るしながら見つける。
「見覚えがあろう。」
儺からの使いがヒッと、小さな悲鳴をあげて後退った。
「コレ一つで、そうだな。焼山から生き物を消すだろう。それを琅邪に、この地に持ち込もうとした。聞こう。儺は、儺の民は琅邪を滅ぼしたいのか。」
スススと音もなく近づき、男の胸に毒を押し込む。
「ガッ! たっ、助け・・・・・・て。」
押し込んだのは持ち込まれた毒ではナイ。が、強い毒ではある。その昔、儺国王に滅ぼされた里のモノだ。