15-14 強く望んでも、手に入らないモノがある
儺国の端に聳える儺呼山。
そこそこ大きな山だが『山に入れば呪われる』と思われているので、豊かなのに里も村も国も無い。
「火付け、ですか。困りましたね。」
と仰り、儺呼山神が御力を揮われる。
「チュン。」 キエタ。
千声、ピタッ。
「キョキョキョ。」 ヨカッタ、ヨカッタ。
夜鳥が胸を撫で下ろす。
「私、儺国にガツンと」
「お止しなさい、長生。」
「はい。」
スススと下がった。
儺呼山に火を放ったのは人。
毒を飲まされ、呪いをかけられたのだろう。この感じ、強い鬼に違いない。この辺りだと琅邪。
「ごめんください。」
琅邪の社憑き、夛芸が微笑む。
「はい、ただいま。」
出迎えた長生が息をのむ。
三つ角を持つ大柄な鬼の口元から、鋭い牙がチラリと見えたから。
「琅邪から参りました。社憑きの夛芸と申します。」
「ヒャイ。少し、お待ちください。」
琅邪は戦を望まない。
仕掛けられる前に潰すので、責められる事は無いのだけれど、通す筋は通さなければイケナイと思っている。だから使いを出した。
今、琅邪に居る社憑きは夛芸だけ。助けを求めて集まった鬼は多いが、落ち着くまで匿っている。
望むなら瓢や明里、空嶽にと考えているが、これからドウなるか分からない。
「そうでしたか。」
儺呼山神、思わずゴクリ。
御山に『火を放たせた』のではない。儺国王を蒸し焼き、コホン。黙らせるため『近くに』と、そう命じたダケ。
その結果がコレ。
迷惑を掛けたのだ、謝罪するのは当たり前。
ミチはイオに『夛芸を儺呼山へ』と伝え、蕎麦団子と酒を持たせて送り出した。
「琅邪は海にも山にも近く、開けた地。米・麦・粟・豆・黍・稗など、とても良く育ちます。」
ニコリ。
「それは羨ましい。」
儺呼山社が在るのは廃村跡。
村が在ったのだ、開けている。けれど残念ながら、作物の育ちはイマイチ。
儺呼山神は山神で在らせられる。
山の幸ならタップリ、ドッサリ。けれど・・・・・・強く望んでも、手に入らないモノがある。
「試しに造ったのですが、とても美味しく出来ました。どうぞ、お召し上がりください。」
小さな甕の中からタプンと、心地よい音が聞こえた。
「ありがとう。」
わぁい♪
酒は日本特有のアルコール含有飲料。
清酒、合成酒、味醂、白酒などがある。その歴史は古く『日本書紀』に記録があるが、現在の清酒に近い形をとったのは江戸時代以降。
合成酒はアルコール、糖分、酸、アミノ酸その他を調合して造られるモノで、その始まりは大正時代。
古代の酒は口噛み酒。
デンプンを持つ食物を口に入れて噛む事で、唾液中のアミラーゼがデンプンを糖化させる。ソレを吐き出して溜めておくと、野生酵母が糖を発酵してアルコールを生成するのだ。
神事で醸す場合、原料を口で噛むのは巫や処女が選ばれていたトカ何とか・・・・・・。