14-71 その時は
琅邪社が空霧、空嶽の社と。つまり『夜叉神と縁を結んだ』という話はアッと言う間に広まる。
「聞いた話だが、琅邪の女王と王弟。人から鬼神に御為り遊ばしたトカ。」
ピーチク。
「琅邪の大王、半ば鬼らしい。」
パーチク。
「それは真か?」
ピピピピピィィ。
妖怪の国守にも顔の筋が消え、角も牙も引っ込んだ鬼は居る。居るが多くは社付き。
真中の七国から闇が溢れ、中の東国を守るために集まった。それで顔見知りになり、社を通して結ぶ。
「卑呼って、生まれた時から。そんな姉と弟が守ろうとするかな。」
大石のクベが首を傾げる。
「倅に親を殺させて、それで『終わり』にしたんだろう。」
ミカが溜息を吐く。
「今の大王、前の大王の倅だっけ。」
「兄を見殺しにした父を憎んで、どうにもナラナイのを姉弟に救われたんだろうよ。」
大石も加津も耶万にイキナリ攻め込まれ、生き残りは売り飛ばされた。クベもミカも男だが、女は。
それを知っているので信じられない。
けれど二妖は考える。己らは親に慈しまれて育ち、引き離されて思った。国を滅ぼしに来た耶万が憎い、と。
攫われて奴婢にされ、酷い扱いを受けたが『いつか耶万を滅ぼす』『耶万王を殺す』と決めて生き抜く。
それが力となったのだ。
「琅邪は鎮の西国、儺国の一つ。死んで鬼になった姉弟は生き神。出ても鎮の西国、会う事も無い。」
「そうだね。けどミカさん、明里に来たら会うでしょう?」
「その時は会うさ。」
生き神は人の姿を借りて、人の世に現れた神。霊験の灼な神。徳の高い人、教祖を高めていうが、卑呼姉弟はドウだろう。
『神として扱われていた』とか『願えば直ぐに叶えた』ワケでは無い。
神仏の加護も無く教祖でも無い。善い行いをした? 怨みを持つ者に怨みで報いず、逆に恩恵を施した?
兄を見殺しにした王を憎み、殺そうとした儺升粒に近づいたのは利用するため。姉弟は前、琅邪王を毛嫌いしていた。だから儺升粒に協力し、前王を片付けたのだ。
そこに善意は無い。
「他に『仕掛けよう』とか『攻め込もう』とするなら捕らえて、そのまま吹出社に突き出す。けど神になったんだ。出雲より東には、出ても社を通すだろうよ。」
「そう、だよね。」
妖怪の国守は社付きだが、生まれ育った地を守るために戦う。敵が人でも隠でも、神であっても同じ事。
はじまりの隠神で在らせられる大蛇神は仰った。『人の世の事は人の世で、隠の世の事は隠の世で』と。
「動く前に通すよ。」
上司に伺いを立てる、これ常識。事が上手く運ぶよう、前もって関係者に話をつけておく。これ大事。
「ねぇ、ミカさん。その時は。」
「あぁ、頼む。」
闇と融け合う前に救われなければ、どんなに願っても元の姿には戻れない。角や牙を引っ込めなければ闇に引き摺られ、呑まれてしまう。
だから、そうなる前に。




