14-64 良い出来だ
鎮の西国、中の西国、真中の七国は戦好き。
中の西国は落ち着いたが、鎮の西国と真中の七国は相変わらず。
鎮の西国には妖怪の町、瓢が在るので闇が溢れる事は無い。
真中の七国には空分社が在るが、夜叉神は隠の世から御出にナラナイ。
となると荒れマス、乱れマス。
「はぁ。悪いカンは中ると言うが、真だったか。」
「夜叉神、御気を確かに。」
ココは隠の世、空霧。真中の七国、倭国の北東。空山脈の中央にある鬼の住処。
人の世、空嶽にある空分社と繋がっている。
夜叉神は人の世で生まれた鬼を積極的に受け入れ、仕事と衣食住を与え為さる事で有名。
空霧の主な産業は、邪気を含んだ鉄を打ち鍛えながら浄化する鍛冶。邪気を含んだ木を炎で浄化する炭焼き。そして酒造。
葡萄酒『幸さくら』、猿梨酒『淡雪』共に口当たりが良く、ツイツイ飲み過ぎてしまうので要注意。
「光の雨で清められたのに、もう闇が噴き出してしまった。呪いの品が消えたのに、どうして人は。」
やまと最古の鬼神は、決して隠の世から御出に為られない。理由は『大の戦嫌い』だから。
夜叉神は鎮の西国にある漁村で、静かに暮らす釣り人だった。ある日いきなり現れた大陸兵から、妻と子を守るために戦い死亡。
目の前で何が起きても止められない。怒り狂った隠は闇落ちし、力を求めて鬼化。敵を殲滅後、妻子の骸を手厚く葬り涙する。
その後、焼山にある湯溜社に出頭。
己は殺されても妻子と同じ所へは行けない。
もし会えるなら何でもするが、この姿を見たら怖がらせてしまうだろう。
他の隠には無い牙と角を持つ、人のように歩く生き物だ。隠の世の隅でヒッソリ死ぬさ。
そう決めた時、任されたのが空白地帯だった空嶽。
「夜叉神。お一つ、どうぞ。」
鹿肉のソテーと共に供されたのは渋みが強く、濃厚な肉料理に合う赤ワイン。
「ありがとう、白牙。」
使い隠、白牙も人だった。
イキナリ攻めてきた戦狂いから里を守るため、必死に戦うも守り切れず死亡。守りたい人を嬲り殺され、その骸まで傷つけられ闇落ちした隠が融合して鬼化。
たった一妖で敵を討ち、大国を滅ぼした。
我に返ったのは三日後。焼野原に残った泉を見つけ、覗き込み驚愕。己に獣のような牙と、剣のような角が生えていたから。
そして『戻れない』、『もう会えない』と悟る。
長く鋭い爪を首の横に当てた時、夜叉神から『死んでも守りたかった人は戻らない。だから迎えが来るまで生きなさい』と言われ号泣。
その後、使い隠に志願。
「美味しい。」
倭国は弱いが、方方からイロイロ入っている。材料に困る事は無い。結果、熱伝導率の良い鉄板が完成。ジュウジュウ上手に焼けました。
「戦、戦で人が減り、増えた鹿を門音が狩りました。」
捌いたのは白牙デス。
「良い出来だ。」
ゴクゴク。
ワインは有史以前、葡萄の原産地である小アジアから中央アジアで自然発酵により造られギリシア、ローマを経てヨーロッパに広まった。
良質なモノを造るには糖分の多い葡萄が適する。それには乾燥と猛暑を必要とするので、鍛冶と炭焼きが盛んな空霧に打って付け。
アンリエヌ国、化け王にも献上されました。